本文へスキップ

知覚・認知の視点から運動をひも解く 樋口貴広(知覚運動制御研究室)

セラピスト向け情報発信ページ

#663 バーチャルリアリティ連動型トレッドミル歩行システム(Grail)の検証(Jeschke et al. 2018 ほか)

単調になりがちなトレッドミル歩行に対して,バーチャルリアリティ(VR)環境と連動させることで,実環境に近いシステムを構築しようとする試みが多くあります。その中でも,Motek社のGrailは有名です。左右2枚のベルトを独立に制御できるトレッドミルを採用し,180度視野に対応する大型ディスプレイを使用するなど,非常に大掛かりな装置です。

参考となるYoutube動画を見れば,外乱の導入やデュアルタスクの設定など,実験やリハビリに有用なオプションが多数実装されていることがよくわかります

どんなに精巧な装置でも,想定外の影響を歩行に及ぼすことはあります。よって,装置の特性を知るための細かい実験の積み重ねが必要です。ここでは,そうした実験の一例を紹介します。Grailを知るための知識としても有用ですが,新しいシステムの有用性の検討にどのような測定をすべきかを学ぶ意味でも有用です。

1.デュアルタスク歩行時の歩行速度:二次課題提示位置の影響

Jeschke AM et al. Gaze direction affects walking speed when using a self-paced treadmill with a virtual reality environment. Hum Mov Sci 67, 102498, 2019, DOI: 10.1016/j.humov.2019.102498.

実歩行では,計算をしながら歩行するなどのデュアルタスク歩行中は,通常歩行時よりも歩行速度が下がる傾向にある,という指摘があります。しかしGrail上ではむしろ逆にデュアルタスク歩行中は,通常歩行時よりも歩行速度が上がることがあるとのことで,その原因を調べるための研究として計画されました。

Grailではストループ課題(色付きの文字を見て,色の名前を答える)をディスプレイ上に提示できます。Jeschke氏らは,文字提示位置がトレッドミル歩行時に通常ある視線位置よりも高い位置にあることが影響しているのではないかと考え,実験検討しました。全部で7つの条件を検討しましたが,文字提示位置が通常視野の位置(映像の拡大中心位置)よりも高い条件で,歩行速度が高くなる傾向があることがわかりました。この結果から,刺激の提示位置は,デュアルタスク歩行の検証を行う上で重要であることを示唆します。

2.障害物のまたぎ動作の妥当性

Punt M et al. Virtual obstacle crossing: Reliability and differences in stroke survivors who prospectively experienced falls or no falls. Gait Posture 2017,58,533-538, 2017, DOI: 10.1016/j.gaitpost.2017.09.013

脳卒中者を対象として,Grail上でのまたぎ動作を測定し,その信頼性や転倒リスクとの関連性を腱としました(回避対象物は2次元刺激であり,高さはなし)。その結果,信頼性は必ずしも高くないこと,また,転倒リスクの高低により参加者を群分けし,またぎ動作の諸特性を比較したところ,群間での顕著な違いは認められなかったことを報告しています。


ここで紹介した2つ研究のいずれも,細かい検証ではありますが,大きな可能性を秘めたシステムを活用する上で大事な検証です。こうした検証が積み上がり,システムがどのようにマイナーチェンジされていくのかを長期的にみていくことでも,様々な学びを得られそうです。

目次一覧はこちら