本文へスキップ

知覚・認知の視点から運動をひも解く 樋口貴広(知覚運動制御研究室)

セラピスト向け情報発信ページ

#662 大きさー重さ錯覚:視覚情報が影響するタイミング(Plaisier et al. 2019ほか)

大きさ重さ錯覚は100年以上も前からその現象が知られているにもかかわらず,今もなおその現象を理解しようとする研究が多くあります。今回ご紹介するのは,視覚情報が重さの知覚に影響するタイミングを知るべく,視覚情報の提示タイミングを操作した2つの研究事例です。

van Polanen V et al. Dynamic size-weight changes after object lifting reduce the size-weight illusion. Sci Rep 9 15697, 2019, DOI: 10.1038/s41598-019-52102-y

Plaisier MA et al. ,When Does One Decide How Heavy an Object Feels While Picking It Up?
Psychol Sci 30, 822-829, 2019, DOI: 10.1177/0956797619837981

一般に大きさー重さ錯覚は,見た目の印象(大きさや材質)に引っ張られて実際よりも重い,もしくは軽いと予測することで生じると考えられています。別の言い方をすれば,視覚の関与は物体操作前にあり,実際に物体を持ち上げて重さがわかると,視覚の影響は消える(あったとしても非常に少ない)と言えます。こうした影響は,脳のトップダウン処理に基づく効果と表現されます。

これに対して,視覚が物体持ち上げ後にも重さの知覚に影響していることを示唆する文献も,一部存在します。すなわち,視覚情報は物体を持ち上げている最中にも,体性感覚情報など他の感覚情報と統合される形で重さの知覚に利用されている可能性があります。こうした影響は,脳のボトムアップ処理に基づく効果と表現されます。

今回ご紹介した論文のうち,van Polanen氏らの研究では,VR環境を利用することで物体を持ち上げた後に物体のサイズが変わることの効果を検討しました。その結果,持ち上げ後に視覚サイズを変えても,重さ知覚に及ぼす影響は非常に小さい(ただし完全に消失するわけでもない)ことを報告し,やはりトップダウン的な効果が大きいのだろうと結論付けました。

これに対してPlaisier氏らは,液晶シャッターゴーグルを用いて視覚情報を遮断する操作を行い,持ち上げ前後のわずかな時間(200ms)に視覚を利用できる状況を設定しました。その結果,持ち上げ前だけでなく,持ち上げ後約300msに提示された視覚情報であっても,大きさ重さ錯覚を生起しうると報告しました。この結果は,ボトムアップ的な効果の存在を示唆します。

2つ研究はいずれも視覚情報利用のタイミングを操作しているという点で共通するものの,方法論が全く異なるため,そうした違いが結果の違いを生み出している可能性も大いにあります。これらのことを含め,大きさ重さ錯覚の研究はまだこれからも多く行われるのだろうということが予見できます。

目次一覧はこちら