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知覚・認知の視点から運動をひも解く 樋口貴広(知覚運動制御研究室)

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#658 高齢者の段差またぎ:UCM解析から見たオーバーリアクションの影響(Yamagata et al. 2021)

今回ご紹介するのは,高齢者が段差をまたぐ動作の三次元動作解析地に対して,UCM解析という解析手法を用いて協調性を評価した研究です。結果的に,オーバーリアクションで段差をまたぐことの功罪について,興味深いメッセージが出されています。日本学術振興会特別研究員(PD,神戸大学)の山縣桃子氏が,京都大学在籍時に出されたデータに基づいて報告した論文です。

Yamagata M. et al. Relation between frontal plane center of mass position stability and foot elevation during obstacle crossing. J Biomech 116, 110219, 2021 DOI: 10.1016/j.jbiomech.2020.110219

60歳以上の健常高齢者25名を対象に,高さ8㎝の段差をまたぐ際の下肢の挙動,ならびに重心位置について分析しました。下肢の挙動については,特に段差をまたぐ際の足上げの高さに着目しました。高齢者の特徴の1つとして,段差の高さに対して足を大きく上げるというオーバーリアクション傾向を取ることが知られています。段差にぶつかるリスクを下げるという意味では機能的ですが,山縣氏はそれが重心制御などに及ぼす意味についても,分析の1つとして検討しました。

全身の協調性の評価には,UCM解析という手法を用いました。UCM解析を用いると,ある動作目標を作り出すための各パラメータの協調度合い(多様なパターンを描いているか,目標達成に無意味な変動成分が多くないか)を数値化できると考えられています。Yamagata論文では,重心位置を動作目標とし,全身を8セグメントに分けた際の各関節のパラメータを説明変数としました。詳細な説明は省きますが,UCM値が大きいほど協調性が高いことを示します。またORT値が大きいほど,目標達成に無意味な変動成分が大きいことを示します。

実験の結果,後続脚のまたぎ動作は,先導脚のまたぎ動作に比べて,重心の変動性が高く,またORT値が大きいことがわかりました。後続脚の場合,先導脚と異なり,その制御にオンラインの視覚情報を使うことが通常はできないため,精緻な制御が先導脚よりも困難であろうと予想されます。山縣氏らはそうした特性が,後続脚のORT値に影響していると考察しています。

また,各種変数の相関分析の結果,段差に対して高く脚を上げる人ほど,ORT値が大きいこともわかりました。山縣氏らはこの結果に対して,段差との衝突を回避するための安全策は,重心制御の安定性を犠牲にして行うところがあるのではないかと考察しています。関連情報として,論文のイントロでは,障害物回避時に高齢者の重心位置が後ろに残りがちになることが示されています。重心が後ろに残っていると,特に後続脚のまたぎ動作の際は,支持基底面(=先導脚の着地位置)が段差より前方にあるため,バランス管理が困難になると予想されます。先導脚でまたぐ際にでオーバーリアクションをとれば,重心を後ろに残す傾向がより顕著となるため,バランス管理の上では理想的な状況ではないとも言えます。

樋口研では,6月に山縣桃子氏を外部講師として招き,UCM解析のレクチャーをしてもらう予定です(リンク先ページ真ん中,”オンライン研究交流”を参照)。また9月には,山縣桃子氏の大学院生時代の上司の一人である,建内宏重氏に,大学院特別講義をご担当いただく予定です。研究室として興味ある問題を,どのように数値化するのかを学ぶ機会として,研究室一同楽しみにしているイベントです。

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