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知覚・認知の視点から運動をひも解く 樋口貴広(知覚運動制御研究室)

セラピスト向け情報発信ページ

#657 道路横断の判断力と知覚情報の利用:発達的変化(Stafford et al. 2021)

歩行者の道路横断場面を模した実験は,古くから知覚運動制御の研究で取り扱われています。道路横断の場面では,車の往来という動的な情報に基づき,少なくとも3つの判断が求められます。「最適な行動の選択(横断し始めるか,止まるか)」「タイミング(いつ横断し始めるか)」「コントロール(スピードや歩行軌道の調整)」です。これら3つの判断特性について,実践的な刺激に基づき検証できるという意味で,研究対象として最適と考えられ,研究対象としてもポピュラーです。

今回紹介するのは,児童(10-12歳),若齢成人(19-39歳),高齢者(65歳以上)の3グループの成績を比較することで,道路判断の判断力とその背景にある知覚情報の利用が,発達に伴いどのように変化するかを検討した研究です。

Stafford J et al. Developmental differences across the lifespan in the use of perceptual information to guide action-based decisions. Psychol Res 2021, DOI: 10.1007/s00426-021-01476-8


実験では,バーチャルリアリティ環境下で片側1車線の道路を歩いて横断する状況を模した場面が設定されました。左右両側からの車の往来について判断する必要があ場面であり,特に自身から遠い側を考慮して判断しないと,横断し始めた後で危険な状況に陥ります。

実験操作として,2台の車の距離(広いほど横断しやすい),ならびに車の移動速度(遅いほど横断しやすい)を操作しました。これら2つの要因を組み合わせることで,向かってくる車があと何秒で歩行者に到達するかの時間が決まります。この時間は,Time-to-arrival (TTA)と呼ばれ,向かってくる物体との衝突予測や,自身があるターゲットに到達するまでの時間の予測に利用されます。実験では,標準的な歩行速度(1.4m/s)で横断する所要時間(4.2秒)よりも,TTAが長い条件(つまり横断が可能)な条件と,TTAが短い条件(横断したら衝突してしまう)を設定し,3つのグループの対象者が横断可能な状況で横断できるかを評価しました。

実験の結果,児童と大人については成績がほぼ類似しており,安全な横断行動ができました。これに対して高齢者の場合,横断開始のタイミングが遅れること(もしタイミングが早ければ十分に横断できるのに,タイミングが遅れることで横断できないリスクを高めてしまう事)がわかりました。

道路横断中の各時点において,「対象者が横断終了までに要する時間」が常に「車が対象者衝突までに要する時間」より長ければ,安全な横断が保証できます。Stafford氏らは,このような安全な道路横断状況をSafe course of actionと名付け,その頻度を3グループ間で比較しました。その結果,児童は89.8%,若齢成人は92.7%,高齢者は79.6%でした。この結果は,高齢者が児童・成人に比べて,道路横断中の安全を確保できていないことを示唆します。

安全な道路横断のためには,対象物の速度情報(単位時間当たりの変化率)の知覚が必要です。Stafford氏らは,高齢者はこの速度情報の知覚が苦手であり,距離情報に基づく判断となることで,衝突のリスクが高まっている可能性を指摘しています。


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