セラピストにむけた情報発信



不意の障害物は周辺視により知覚・回避できる:
ポスドク研究の意義



2009年5月21日

本日ご紹介するのは,私がカナダのWaterloo大学で一緒であったDan Marigold氏の研究成果です.この論文は,Marigold氏が博士研究員(ポスドク)としてオランダのDuysens教授のもとで研究をした際に得られた成果です.彼の研究については,以前もこのページで紹介しております

Marigold et al. Keep looking ahead? Re-direction of visual fixation does not always occur during an unpredictable obstacle avoidance task. Exp Brain Res 176, 32-42

実は今回この論文をご紹介したかった理由は,研究の内容もさることながら,Marigold氏が博士取得後に新しい環境に飛び込み,成果を上げているという姿勢に,多くの学ぶべき点があることを伝えたかったことにあります.

Duysens教授の実験室には,トレッドミル歩行において,不意に障害物が登場する環境を作り出す装置があります.Marigold氏はこの実験環境を利用して,不意に出てきた障害物に対して視線をどのように向けるかについて研究しました.

障害物の形状などについてはっきりと認識するためには,障害物に対して視線の中心を向け,中心視で取られる必要があります.しかしながら実験結果を見ますと,参加者は不意に障害物が登場したとしても,その障害物に対して必ずしも視線を向けることなく,安全に障害物を回避しています.すなわち,障害物の回避動作を行うための視覚情報は,周辺視の情報で十分であるといえます.

博士号取得直後,正規の研究職に就く前に,ポスドクとして新たな分野での研究経験を積むということは,研究領域を問わず,若い研究者に期待されることであります.Marigold氏はカナダからオランダへ渡り,複数の研究室で研究経験を積みました.その後カナダのモントリオールの大学でも研究を行い,現在はバンクーバーにあるSimon Fraser大学に正規ポストとして勤務しております.

短期間のうちに次々と勤務地を変えながら研究を進めていくことは,決して簡単なことではありません.私も5年間のポスドク経験の中で,4か所の研究機関に所属しましたが,新天地での生活環境を整えるだけでもそれなりの時間を費やしますので,短期間のうちに業績を上げることは,非常にストレスフルな状況といえます.しかしながら,このようなストレスフルな経験は,それ以降の研究生活を充実させるのに不可欠と感じることが,よくあります.

私が研究をサポートしているセラピストの多くは,臨床業務を続けながら研究を大学院生としておこなってきました. 2つのことを両立するのは,ただでさえ困難です.そのうえ更に,リハビリテーション領域以外の新しい研究領域で成果を上げるのは,簡単なことではありません.しかしながら,若いうちにこのような苦労を経験した人とそうでない人の間には,研究上において決して埋めることの出来ない大きな差が出てくると信じて,皆一生懸命研究に取り組んでくれています.

私たちの研究室が,今後もこのような志を持つセラピストの方々の受け皿となるよう,日々精進していきたいと考えています.




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