本文へスキップ

知覚・認知の視点から運動をひも解く 樋口貴広(知覚運動制御研究室)

セラピスト向け情報発信ページ

#649 VRを用いた手首運動トレーニング後の体性感覚向上(Elangovan et al. 2017)

今回ご紹介するのは,バーチャルリアリティ(VR)の刺激を用いて手首の精緻なコントロールを学習することが,手首の体性感覚向上や,視覚情報なしで行う新規な手首運動の向上に寄与することを報告した論文です。

Elangovan N et al. . A robot-aided visuo-motor training that improves proprioception and spatial accuracy of untrained movement. Sci Rep 7, 17054, 2017

対象者は健常若齢成人14名でした。手首運動のトレーニングとして,ディスプレイ上に左右に傾く大きなプレートが呈示され,手首の屈曲・伸展によって,傾きが調整される課題が行われました。対象者は,プレート上にあるボールを円形のターゲットの間に5秒間保持できるように,プレートの傾きを調節ことにありました。手首の屈曲・伸展は,角度がニュートラルな状態から10度(比較的簡単)~15度~20度(比較的難しい)と3段階調節されました。

全ての角度で参加者が目標を達成すると,ボールの仮想上の質量や,手首の角度に対するプレートの傾きの変化などが変更されました。よって参加者は,練習の進展に応じてディスプレイ上のプレートの状態(視覚情報)と手首の動き(体性感覚情報)の関係性を更新することで,運動目標を達成することが求められました。

実験の結果,14名の参加者中13名については,手首の体性感覚テストや,新規な運動課題(視覚情報なしで,指定されたターゲットまで手首を動かす課題)において,トレーニング後の成績向上が認めらました。この結果は,手首運動に関する視覚運動経験が,手首の体性感覚を向上させること,また,トレーニングの学習効果が類似の手首運動(視覚に依存せず,体性感覚だけで位置を把握しなければいけない運動)にも波及しうることを示唆しています。

私たちの研究室では現在,高齢者の衝突回避能力向上のためにVRを利用する試みを行っています。Elangovan氏らの研究報告は,VR条件下での運動経験が,VRを利用しない環境下の運動や知覚にも波及しうること示しており,勇気づけられます。

この論文上では言及されていませんが,Elangovan氏らのトレーニング方法は,External focus of attention(外的注意)の考えに基づく運動学習の方法と合致しています。外的注意トレーニングとは,運動学習時にターゲットとしている身体部位以外のところに注意を向けさせながら運動させるトレーニングのことを指します。こうすることで,身体の局所に過度に注意を向けること(internal focus of attention,内的注意)から解放され,学習が進展するという考え方です。Elangovan氏らの研究も,ターゲットにしているのは手首の運動制御・体性感覚の向上ですが,VR刺激上でのボール操作に集中させるという意味で,共通している発想のように思います。



目次一覧はこちら