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知覚・認知の視点から運動をひも解く 樋口貴広(知覚運動制御研究室)

セラピスト向け情報発信ページ

#644 前庭系への外乱刺激に対する脳卒中患者の立位姿勢応答(Mitsutake et al. 2020)

今回ご紹介するのは,脳卒中患者を対象に,前庭系入力に対する立位姿勢応答を評価した研究です。比較対象となる健常者と比べて,外乱の影響がむしろ小さかったことを報告しています。福岡国際医療福祉大学の光武翼氏らによる研究です。

Mitsutake, T. et al. Standing postural stability during galvanic vestibular stimulation is associated with the motor function of the hemiplegic lower extremity post-stroke. Top Stroke Rehabil 27, 110-117, 2020.

前庭系に対する外乱刺激として,直流電流刺激(Galvanic Vestibular Stimulation: GVS)が呈示されました。両耳の後ろに電極を貼り,微弱な直流電気を流すことで,姿勢が陽極方向に動揺することが知られています。

30名の脳卒中者(平均年齢69.6歳),ならびに健常者49名(44.7歳)が参加しました。直流電気刺激呈示時の姿勢動揺を,頸部に取り付けた加速度計で測定し,平常時の姿勢動揺量で標準化した値を比較しました。

また姿勢動揺量に影響を与えうる機能評価として,下肢運動機能(FMA-LE),痙性(MAS),下肢感覚機能(SIAS LE)も同時に測定しました。

実験の結果,脳卒中患者の方が健常者よりも,直流電流刺激呈示時の姿勢動揺量は小さいことがわかりました。個人データのプロットを見ると,平常時の姿勢動揺量とほとんど変わらない患者も見受けられました。この結果は,脳卒中患者は,前庭系入力に対する姿勢応答性が低い可能性を示唆します。

同時に測定した3つの評価のうち,直流電流刺激呈示時の姿勢動揺量と関連性が認められたのは,下肢運動機能でした。下肢運動機能が低い脳卒中患者ほど,直流電流刺激呈示時の姿勢動揺量が小さくなる傾向が認められました。光武氏らはこれらの結果に対して,脳損傷によって前庭系入力に対する応答経路が損傷を受けた可能性などについて考察しました。また下肢機能との関連性から,脳卒中患者は運動機能低下や転倒恐怖心から急速な動きを避ける傾向にあり,その結果として前庭系に対する入力も健常児より乏しくなり,機能低下に結びつくのではないかと解釈しました。

脳卒中患者が持つ行動レベルの問題として,過度に身体を固め,固定化した運動方略を指摘する考え方が,比較的多くあります。今回の光武氏の報告は,そうした考え方に合致するものであり,感覚入力に対する姿勢調節が起こりにくい状態にあることを示唆しています。



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