セラピストにむけた情報発信



歩行時は足もとの視覚情報が重要:Marigold et al. 2008



2009年5月7日

今年度私たちの研究室に入学した,吉田啓晃君(東京慈恵会医科大学附属第三病院,理学療法士の)は,視線と歩行に関する研究に興味を持っており,研究成果をリハビリに応用しようと考えています.本日ご紹介するのは,吉田君が研究計画を立案する過程の中で紹介してくれた論文です.奇しくも,私のかつての研究仲間がカナダのWaterloo大学でおこなった研究でありました.

Marigold DS et al. 2008 Visual information from the lower visual field is important for walking across multi-surface terrain. Exp Brain Res 188, 23-31

Marigold氏は,“multi-surface terrain”という大変ユニークな歩行路を使って実験を行いました.この歩行路は,50cm×50cmのプレートを15枚並べてできています.それぞれのプレートは,岩のような凸凹,滑りやすい面,傾斜など,多様な形状・材質でできています.従って,実験参加者は1歩1歩全く異なる路面環境の上を歩くことになります.

足もとの視覚情報がどの程度重要かを検証するため,参加者は歩行中に,メガネのフレームの下部に厚いフォームが取り付けられたものを着用することが求められました.このメガネを着用することにより,参加者は周辺視野で足もとを見ることができません.もし足もとの視覚情報が重要であるならば,参加者は通常よりも頭を下に傾けることで,足元の視覚情報を獲得しようとするはずです.

高齢者と若齢者を対象として実験を行った結果,やはり特殊なメガネによって足もとが見えない状況を作ると,高齢者・若齢者ともに,頭を通常よりも下げて歩くことが確認されました.全体的にみて,年齢層の違いによる特殊メガネの影響の程度に差がなかったことから,足もとが(周辺視野によって)見えていることは,年齢にかかわらず重要のようです.

得られた結果に基づき,Marigold氏は,高齢者の多くが着用する遠近両用メガネを着用している際には,足もとの視野に若干の歪みが生じる可能性があることから,転倒の危険性が高くなるかもしれないと指摘しています.

実は,私が2004年の10月にWaterloo大学に客員博士研究員としてお邪魔した際,受入教官であるAftab E Patla氏(2007年逝去)から最初に指示された仕事が,このmulti-surface terrainを用いた研究のサポートでした.一連の研究は,Marigold氏が博士論文用の実験として行ったものです.サポートといっても,博士研究員としての知的サポートではなく,力仕事的サポートでありました.実験では数試行に1回,15枚のプレートを並べ替える必要があり,その作業スタッフが必要だったのです.

この実験のサポートにかなりの時間を費やしたため,「自分は外国に来ていったい何をしているのだ?」と思ったときもありました.しかしながら,この実験サポートを通して,英語で参加者に説明する方法や,複数の実験スタッフ間のやり取りにおけるミスのないコミュニケーション法など,いろいろなことを学びました.新しい環境における“下積み作業”の重要性を学ぶ良い機会でありました.



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