セラピストにむけた情報発信



姿勢制御における視覚情報の重要性−視覚障害者を対象とした研究



2009年4月23日

視覚情報が立位姿勢のバランスを保つために重要であることは,古くから知られていることです.教科書的知見の中には,前庭感覚や体性感覚のほうが,視覚情報よりも直接的に姿勢に影響する,という説明もみられますす.これに対して本日紹介する論文では,先天性の全盲者の立位姿勢時の動揺量が,晴眼者の閉眼時の動揺量と変わりがないことを示すことで,立位姿勢制御に対する視覚情報の役割は,他の感覚情報ではとってかわることができないことを示しています.

Schmid M et al. Equilibrium during static and dynamic tasks in blind subjects: no evidence of cross-modal plasticity. Brain 130, 2097-2107, 2007

この実験でSchmidらが検討していることは,「先天性全盲者は,視覚情報を利用できないハンディキャップを他の感覚情報で補うことで,安定した姿勢を維持するのか」ということです.

過去に全盲者を対象とした認知科学的研究では,脳における視覚領域が,点字を読む際の触覚刺激に反応するようになるなど,視覚情報が利用できないことに対応して脳が可塑的に変化し,別の感覚情報を鋭敏に利用できるようになることが示されています.もしこのような可塑的な変化が立位姿勢制御にも貢献しているならば,先天性全盲者の立位姿勢時の動揺量は,晴眼者が閉眼によって視覚情報を利用できない条件での動揺量に比べて,圧倒的に少ないと予測されます.

このような可能性を検証するため,Schmidらは25人の先天性全盲者と,性別・年齢をそろえた25人の晴眼者を対象として実験をおこないました.実験課題は,静的立位姿勢課題(静止立位の姿勢でできるだけ動揺しないようにする)と,動的立位姿勢課題(前後方向に動くプラットフォーム上でバランス良く立つ)の2種類でした.

その結果,全盲者の動揺量は,閉眼条件での晴眼者の動揺量とほとんど変わりがありませんでした.すなわち,脳の可塑的変化によって視覚情報の役割が他の感覚情報にとって代わられるということはありませんでした.言い換えれば,生まれつき視覚情報が利用できない先天性全盲者は,バランス良い立位姿勢を維持するという上でとても不利な状況にあることを示しています.

Schmidらはこの結果に基づき,「視覚情報は立位姿勢制御において極めて重要な役割を果たしているため,それを別の感覚情報で完全に補うことは不可能だ」と結論づけています.視覚情報が歩行や姿勢制御にどのような役割を果たしているかは,私たちの研究室の仕事の1つであり,とても重要な指摘です.

なおこの論文は,4月より博士後期課程に進学した社会人PT,安田和弘君に紹介していただき,その存在を知りました.私たちの研究室が今後おこなう研究について議論した内容をもとに,安田君が文献検索をして発見してくれました.今年は今中國泰先生門下の院生も含めて,6人の院生と一緒に研究をしていきます.院生との活発な議論が,私たちの研究の原動力になっていると,常に感じさせてくれる良いチームです.




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