セラピストにむけた情報発信



脳卒中患者の下向き歩行:視線定位?(Aoki et al. 2017)





2018年10月9日
脳卒中患者の中には,歩行時や立位時に下向きの姿勢をとる場合があります。私の研究室同窓生も,かつて吉田啓晃氏が取り上げてくれました

今回ご紹介するのは,脳卒中患者の下向き歩行が,視覚情報に基づくバランス維持をしやすくするための床への視線定位(視線を近くの環境物に固定する行為)の意味がある可能性を指摘した論文です。四條畷学園大学の青木修氏らによる報告です。

Aoki O et al., The effects of various visual conditions on trunk control during ambulation in chronic post stroke patients. Gait Posture 52, 301-307, 2017

16名の脳卒中患者を対象に,16m区間の歩行時の姿勢動揺量を測定しました。歩行条件が4つありました。通常歩行(ただしできるだけ前を見る,FF=Facing Forward),前方に固視点をつけた歩行(GF=Gazing Forward),下向き歩行(FD=Facing Downward),そして足元を隠した状態での下向き歩行(CD=Concealed Downward)です。

4つ目の条件であるCD条件は,「下向きで歩く理由は視覚的代償か?」を知るために有益な条件です。もし視覚的代償であるなら,麻痺側を隠してしまえば視覚的に位置を把握できないため,バランス維持に悪影響を及ぼすと予想されます。青木氏らは,視覚的代償ではなく,床への視線定位と考えていますので,CD条件での悪影響は見られないと考えました。

実験の結果,おおむね青木氏らの予想通りの結果が得られました。姿勢動揺量(体幹における加速度の減速率を計算しています)に基づく体幹の安定性は,GF条件とFD条件で高くなりました。これら2条件は視線の固定を教示した条件です。このことから,環境に対する視線定位がバランス維持に寄与することが示唆されます。

足元を隠したCD条件で極端に姿勢動揺量が増えることがなかったことから,少なくともこの研究の対象者については,麻痺側の視覚的代償という意味は大きくないと言えます。

下向き歩行の理由が,視覚的代償ではない別の機能を果たす可能性を示すという点で,価値ある情報です。だからと言って臨床場面で固視点を設けて歩かせるのが正しいかというと,100%そうとは言い切れない側面があります(固視点に注意を払いすぎることで,それ以外の危険物が認識できない懸念がある)。こうしたリスクを考えながら,視線定位の効果を臨床応用する方法を考える必要があります。


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