セラピストにむけた情報発信



接触回避行動時の脳活動:
バーチャルリアリティを用いたfMRI研究(Huang et al. 2015)




2016年7月25日
歩行中の脳活動を調べるための研究手法として,没入型バーチャルリアリティ(VR)を用いて,あたかも三次元空間を移動しているような感覚を提供し,その際の脳活動をfMRIにより測定する,という方法があります。

今回ご紹介するのは,障害物との接触を避ける際に活動が強まる脳部位について検討した研究です。イギリスのMartin Sereno氏らのグループによる研究です。

Huang RS et al. Neural substrates underlying the passive observation and active control of translational egomotion. J Neurosci 35, 4258-4267

10名の若齢成人を対象に,2つの実験を行いました。第1実験では,通路を移動して障害物(ドア)を避けていく映像を観察することが求められました(Passive observation)。第2実験では,通路を移動する状況は第1実験と同じですが,ドアが進路を妨げるように閉まってきたら,参加者は手に持っているボタンを押して左右のいずれかに避けることが求められました(Active observation)。

この2つの実験中の脳活動をfMRIで撮影し,それぞれの条件で活動する脳部位の特定,ならびに自分自身のコントロールで接触回避しているActive observation条件で特に強く活動する脳部位の特定を試みました。

結果の概要は以下の通りです。

Passive observation条件では,これまで視覚映像の流れ(optical flow)に応答する脳部位と類似した脳活動が観察されました。具体的には海馬を含む内側側頭葉,頭部などの運動に関係する腹側頭頂間溝(VIP),前庭器からの情報を受け取る大脳領域の1つである頭頂葉-島前庭性皮質(PIVC),V6野などの視覚野領域,帯状溝(視覚領域)の活動が見られました。

Active observation条件で確認された脳活動のうち,Passive observation条件と比べて特に強く活動した脳部位は,PIVCでした。PIVCは前庭器からの情報を処理する脳部位ですが,本研究ではMRI装置の中で頭を固定しているため,頭部の動きに関する前庭情報が多く入力されることはありません。従って著者らは,ここで見られたPIVCの活動は,接触回避のための運動計画に関わる脳活動であると結論付けました。

先行知見によれば,接触回避などの理由で方向転換する際には,VIPの活動が強くなる場合があります。この研究でVIPの活動が高まらなかった理由として,著者らは,この研究ではドアの動きを確認してから接触を回避するまでに時間の余裕がある条件であるため,先行研究で設定されたような瞬時の接触回避とは異なる脳活動が生じたのではないかと解釈しました。

本研究の主題ではありませんが,この研究では「接触回避のためにどの程度の安全マージンを空けているか?」についてもデータを示してくれました。

その結果,マージンそのものは大きな個人差がありました。それに対して,個人内の標準偏差は比較的小さな値でした。つまり,安全に必要なマージンがどの程度と感じるかは,人によって異なるものの,私たちは常に自分にとっての安全マージンを安定して確保するように行動を調節できると言えます。この結果は,私たちが長年測定している,隙間通過行動の結果とも一致するものであり,個人的には高い関心を持っています。

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