セラピストにむけた情報発信



空間知覚が心身の状態の影響を受ける理由:
Motor-planning説(Kirsch et al. 2013)
 



2013年11月25日

空間に関わる視覚情報には,大別して空間そのものを知るための情報処理と,その空間に対して運動で働きかけるための情報処理があります.

ポピュラーな考え方の1つとして,これら2つの情報処理が独立しているという考え方があります.いわゆる「知覚と運動の乖離」であり,それぞれの情報処理が腹側経路(What system)と背側経路(Where system)で処理されているといった機序が考えられています.

こうした考え方と異なる立場として,両者には重要なオーバーラップがあるという考え方があります.例えば非常に重い荷物を抱えているときは,そうでない場合に比べて,目の前にある坂が急に見えたり,遠くにある目標物がより遠くに見えたりするという報告があります.こうした考え方にフィットする知見がこの20年で数多く積み上がったことで,「重いものを持って歩くことのエネルギー産生的なコストを見越して,空間知覚が変わる」のだろうという考え方が定着しました.

こうした考え方は,運動に関わる情報処理が,空間そのものを知るための情報処理を修飾しうることを示しています.

本日ご紹介するのは,2つの情報処理は確かにオーバーラップするという事を,3つの行動実験によりシステマティックな形で示したものです.ここで報告された実験の結果から,運動の計画(motor planning)の内容が空間知覚に影響するのだという事が示されました.

Kirsch W et al. Visual near space is scaled to parameters of current action plans. J Exp Psychol Hum Percept Perform 39, 1313-1325, 2013.

実験ではレバーを使ったリーチング課題を対象としました.リーチング動作をする直前に,ターゲットの距離を視覚的に見積もってもらいました.この見積もりが,リーチング動作の距離(振幅)と,リーチングに要する力(レバーにかかる外力で操作)による影響を受けるかを検討しました.

3つの実験の結果,ターゲット距離に関する視覚的見積もりは,リーチング動作の振幅が大きいほど,およびリーチングに要する力が大きいほど,過大評価傾向となりました.つまり,「エネルギー産生的なコストを見越して,空間知覚が変わる」という事が示されたわけです.

興味深いことに,こうした結果は,振幅や力発揮の要求が毎試行変わる時にだけ見られました.つまり,リーチングの開始前にどの程度の振幅もしくは力発揮をすべきかについてしっかりとした計画がなされる条件でのみ,空間知覚に影響が見られたわけです.

この論文は,空間知覚に影響を与えるのが「運動の計画」にあるのだという事をある程度クリアーに示した点で,従来の考え方を大きく前進させたと私自身は解釈しています.

「エネルギー産生的なコストを見越して,空間知覚が変わる」という発想そのものは,以前から存在します.しかし従来の研究では,単に「重い荷物を持たせる」といった時に,空間知覚が過大評価傾向になることを示したのみであり,本当にこれが運動の計画に関わるシステムの問題なのかを証明できていませんでした.

この論文では,距離の見積もりをさせた後に,実際にリーチング動作をさせるという手続きにしたことで,運動の計画が確実になされることを保障しています.また,毎試行運動条件が変わることで,運動計画を立案しなおす場合にのみ空間知覚の過大評価が起こるという結果も,この考え方をサポートしています.


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