セラピストにむけた情報発信



サッカーのキックは右に外れる?-疑似的空間無視との関係について
(Nicholls et al. 2010)
 


2013年10月21日

このコーナーでは,疑似的空間無視(pseudoneglect)という現象について何度か紹介してきました.

疑似的空間無視とは,認知的に健常な人の空間認知に左右バイアスがあることを表現する言葉です.手の届く近位空間の場合は左に,より遠くの遠位空間の場合には右にバイアスがかかるといわれています.まるで脳損傷患者が空間の半側を無視するときと同じような現象(しかし決して無視が生じているわけではない)という意味で,この現象を疑似的空間無視と呼んでいます.

疑似的空間無視に関するより詳細なページは過去のページをご覧ください.

今回ご紹介する論文は,ゴールを目指してサッカーボールを蹴った場合も,遠位空間に対する右バイアスと同様の現象,すなわち,真ん中を狙ったはずのボールが右にずれるという現象が見られるかを検証したものです.

Nicholls et al. Miss to the right: the effect of attentional asymmetries on goal-kicking. PLos One 5, e12363, 2010

実験では212名の一般参加者が,4m先に設置された簡易ゴールを使った3つの実験課題に取り組みました.参加者は全員右利きであり,ボールを蹴る際は右足を使いました.

第1の課題は今回主役となる課題であり,2つのポールの間にできたスペース(50㎝,90㎝,150㎝の3条件)の中心にボールを蹴るという課題でした.第2の課題は,1つのポールが設置され,そのポールを狙ってボールを蹴るという課題でした.第3の課題は,2つのポールの間にできたスペースの中心を,手に持った長い棒でポインティングするという課題でした.

実験の結果,著者らの期待通り,第1の課題であった2つのポール条件では,ボールが中心よりも右に偏倚するという傾向が見られました.

もしこの結果が単に,右足で蹴ることに付随する現象であるとすれば,第2の課題であった1つのポール条件でも,ボールが右に偏倚する現象が見られるはずです.しかしながら実験の結果,平均値としては偏倚する傾向があるものの,統計的に有意ではありませんでした.このことから,右に偏倚する現象は,2つのポールでできたスペースの中心を狙う条件で特有の現象と考えられます.

またポインティング条件では,2つのポール条件と同様,非常に僅かではありますが統計的に有意な右偏倚の現象が見られました.

意外に思われるかもしれませんが,このポインティング条件における結果は,著者はじめ多くの専門家の予想とは逆の結果でした.というのも,たとえ遠位空間であっても長い棒を持って直接ポインティングできる条件であれば,そこは近位空間として表象されると考えられているため,むしろ左偏倚が起こるのではないかと考えられたためです.著者らはこの結果に対して,いくら棒を持っていても,4m先という距離があればそこは遠位空間として表象されるのではないかと考察しています.

以上の結果は,全体的にみれば著者らの期待に合致する現象であり,疑似的空間無視の影響を連想させます.論文ではこの実験結果のほかにも,オーストラリアンフットボールという競技(ラグビーとサッカーの中間的競技)の公式試合においても,そのシュートは右に偏倚する傾向があることが報告されています.

ただ,ボールを蹴る課題における右偏倚とポインティング課題における右偏倚に相関がないなど,全てを疑似的空間無視で説明してよいかについては,未解決な点も多いように感じました.

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