セラピストにむけた情報発信



隙間通過行動に関する最近の研究紹介(2)
高齢者の隙間通過行動に対する場面の危険度の影響

 


2013年8月9日

前回に引き続き,隙間通過行動に関して最近報告された論文を紹介します.ニューヨーク大学のAdolph氏の研究室から報告された研究です.

Comalli D et al., Ledge and wedge: younger and older adults’ perception of action possibilities. Exp Brain Res 228, 183-192, 2013

Adolph氏の研究室でおこなわれる隙間の設定は,私たちの研究室をはじめ世界中の多くの研究室でおこなわれている隙間の設定とは少し違っています.

通常多くの研究室では,隙間の大きさを身体幅(横幅)の○倍と設定します.この場合,参加者に求められる行動は必要に応じて体幹を回旋し,接触を回避することになります.提示される隙間幅は大抵身体幅の0.8倍以上ですので,隙間幅が30㎝以下に設定されることは稀です.

これに対してAdolph氏の研究室では,“隙間を形作る壁に接触してもかまわないので”,体幹を完全に横向きにして通り抜けられる最少のスペースを判断させます.この場合,最少のスペースは体幹の矢状面(Sagittal dimension)方向の幅に規定されることになります.よっておよそ20㎝弱の隙間に対する判断が求められます.

今回ご紹介する論文における目的は2つありました.

第1の目的は,場面の危険度が隙間通過行動に与える影響を検討することでした.

実験では判断すべき隙間が壁と壁の間に設定される場合(危険性低い)と,一方に壁も通路も存在せず,下に落ちてしまうかもしれない場合(危険性高い)で,隙間通過行動の特性を比較しました.

もし前者のように隙間が壁と壁の間に設定されていれば,判断を誤った場合に起こる危険は,壁の間に身体が挟まってしまうことです.これに対して,もし後者のように一方に壁も通路も存在しなければ,判断を誤った場合に起こる危険は,通路脇への落下となります.このように判断ミスがもたらす危険度に違いがある場合の隙間通過行動を比較することが,第1の目的でした.

また第2の目的は,高齢者の判断は若齢者の判断に比べてどの程度正確かを判断することでした.

実験の結果,第1の目的についてはおよそ予想通り,一方に壁も通路も存在しない条件においては,実際に通り抜けられるギリギリのところで通過できるかどうかを判断せずに,能力をやや過小評価するような傾向が見られました.つまり,危険度が大きい場合の知覚判断は安全な方向にその判断がシフトすると言えます.なお,こうした傾向は特に女性において顕著だったようです.

第2の目的については,高齢者と若齢者の間に顕著な違いは認められませんでした.いずれのグループも,自身の行動能力に沿ってリーズナブルな判断がなされているというのが,この論文の結論です.

高齢者の知覚判断が必ずしも正確ではないという指摘については,私たちのデータも含めて,いくつかの報告があります.こうした先行研究との結果の食い違いについては,参加者の平均年齢が先行知見よりも少し若いことに起因しているのではないか,という考察をしています.


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