セラピストにむけた情報発信



段差を降りる際の視覚運動制御:下方周辺視野の影響
(Buckley et al. 2011)
 


2013年5月7日

段差と歩行に関する研究は数多くありますが,その大多数が段差をまたぐ,あるいは段差をのぼる行為を対象にしています.その理由は,段差をまたいだりのぼったりする際のつまずきが転倒の直接的な原因になり得るからです.

しかしながら力学的に考えると,段差を“降りる”行為も,バランスを崩したり身体の局所に著しい負荷がかかったりする原因となるため,そのコントロールが極めて重要となります.

今回ご紹介するのは,歩行中に段差を降りる行為について下方周辺視野の影響を検討したものです.イギリスのJohn Buckley氏らのグループによる研究です.

Buckley JG et al. When is visual information used to control locomotion when descending a kerb? Plos One 6, e19079, 2011

この研究は大きく2つの特徴があります.

1つは,“歩行中に”段差を降りる行為を対象とした点です.これまで段差を降りる行為に関する多くの研究は,本人が静止した状況から1歩目に段差を降りる行為を対象としてきました.これは階段のように段差が連続する場面を想定しているからと考えられます.しかし日常では歩行の最中に段差に遭遇することは極めて日常的です(例えば歩道から車道に降りる場面).今回の研究では歩行中の動作を測定できている点が新しい点です.

もう1つは,下方周辺視野を制限する技術の新しさです.この研究では,デジタルに透過性を制御できる薄いシートを市販のプラスチックレンズの下方に貼ることで,歩行中のある局面に下方周辺視野だけを遮蔽することができました.これまで実環境下で行う視野制限に関する研究では,物理的に視野を制限してしまうか(つまり歩行中常に遮蔽する),もしくは歩行中のある局面に視野の全てを遮蔽してしまうかのいずれかが,主たる研究手法でした.こうした技術的な新しさも本研究の特徴です.

実験では段差を降りる1歩前または2歩前のいずれかで下方周辺視野を遮蔽しました.その結果,段差を降りる下肢動作に影響があったのは,2歩前の遮蔽時のみであり,できるだけ段差でつまずかないように安全マージンを多くとるように歩幅を大きくする動作修正が認められました.

下方周辺視野が遮蔽されると,段差を降りる瞬間にエッジの部分が見えなくなるため,つまずきが起きないことを保証するために大げさな動作を行っていると考えられます.こうした動作修正が1歩前の遮蔽で観察されないのは,このタイミングで既定の下肢動作が実行されているために修正の余地がないからと考えられます.

また若齢者を対象とした今回の実験では,全体として転倒やつまずきは起こりませんでした.つまり,段差を降りる際にそのエッジが見えなくても,下肢動作を安全に制御することは可能といえます.つまり段差を降りる瞬間に下肢の視覚情報がなくても,段差を降りることが可能というわけです.こうした状況について,視覚情報の利用という観点からみれば下肢動作がフィードフォワード制御されていると表現します.

次回のこのコーナーでは,歩行中の下方周辺視野がオンラインの視覚情報として,下肢動作の微調整には一役買っていることについて紹介する予定です.

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