セラピストにむけた情報発信



バーチャルリアリティ環境を用いた交差点を渡る能力の評価
 (Plumert教授の研究成果)
 


2013年4月22日

リハビリ対象者が真の意味で自立歩行ができるまで回復するということは,単に介助なしで歩けるということだけではなく,複雑な実環境の中で適切な状況判断を行いながら,安全を確保しつつ歩く能力を再獲得していることを意味します.

道路を横断する場面は日常にありふれた場面ですが,特に歩行速度が十分でない人にとっては,非常に危険を伴う場面ともいえます.こうした場面でリハビリ対象者が適切な状況判断をして,かつバランスを崩さずに安全に歩くことができるのかについては,退院後の患者さん任せということがほとんどのように思います.

アイオワ大学の心理学部教授であるJodie M. Plumert教授は,幼児発達研究の一環として,道路を横断する場面を精巧に模したバーチャルリアリティ(VR)環境を作り,子供が自転車で安全に道路を横断する判断能力や,適切な横断行為の遂行が身についているかについて,様々な研究を行っています.

このVR研究での研究対象者はあくまで子供であり,自転車運転中の判断に限定されます.しかしながら,この研究のアイディアそのものはリハビリ対象者応用可能なものであるため,ここでは最新の研究)を題材に,その意義をご説明します.

Grechkin TY et al. Perceiving and acting on complex affordances: how children and adults bicycle across two lanes of opposing traffic. J Exp Psychol Hum Percept Perform 39, 23-36, 2013.

この実験ではトレッドミル型の自転車の操作により,VR環境で道路を渡る場面を作りだしています.過去の研究では1車線の道路を渡る場面を作っていましたが,この最新の研究では,2車線の道路(但し片側のみ)に環境を拡張しています.

12歳または14歳の子供参加者のパフォーマンスを,成人参加者のパフォーマンスと比較検討しました.その結果,両者にはいくつかの違いが見られました.

第1に成人参加者の場合,2車線の車の位置がずれていても,1車線目(すなわち自分に近い側の車線)の車が通り過ぎればゆっくりと動作を開始し,2車線目の車が通り過ぎた直後に素早く道路を渡り切りました.また次に来る車から遠ざかるように蛇行しながら道路を横断しました.この行為が,結果的にこの環境で最も安全に通過できる行為となります.

これに対して子供参加者の場合,2つの車線の車の位置が一致して過ぎるのを待ち,一気にまっすぐ渡ろうとしました.これは,知覚と行為の関係性で言えば,最もシンプルなわたり方となります.一方で,次に来る車との距離(安全マージン)という観点では,成人参加者よりも少ないマージンで通り抜けることになります.

第2に子供参加者は成人参加者に比べて,渡ろうと思い始めてから実際に自転車が前に動き出すまでの所要時間が長くなりました.著者らはこうした行動の背景要因として,車の動きに合わせてタイミングよく自転車を動かすようなタイミング一致動作に小脳が関わること,さらに小脳の発達が比較的年齢が経過してから起こることを理由に,小脳の発達が成人に比べて十分でない可能性を指摘しました.



この研究成果はあくまで,子供の行動を理解するためのものです.しかしながらここで利用された指標はいずれも,道路横断という複雑かつ日常にありふれた環境下で人がどのようにその環境を知覚して行動するのかについて,豊富な情報を与えてくれるものです.近い将来,こうした原理が他の対象者にも応用され,リハビリへの成果還元がなされる時が来ると期待しています.


(メインページへ戻る)