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移動能力の転移:歩行と車いすの不連続性 Kunz et al. 2013
 



2013年4月8日

私たちは通常と異なる環境下で歩行することが求められても,すぐにその環境に適応して歩くことができます.今回ご紹介する論文は,歩行中に特殊な環境に適応しても,その適応は直後に車いすを利用した場合には転移されないこと,また逆に,車いす利用中に特殊な環境に適応しても,その適応は歩行に転移されないことを報告したものです.

Kunz et al. Does Perceptual-Motor Calibration Generalize across Two Different Forms of Locomotion? Investigations of Walking and Wheelchairs? PLOS One 8, e54446, 2013

この研究ではバーチャルリアリティ環境を使って,歩行速度とその際に視覚的に体感するオプティックフローの速さにずれを起こします.こうした環境で5-7分歩行させると,私たちはオプティックフローの速さが目的の速さに合うように,実際の歩行速度を調節します.これがいわゆる適応の状態です.

実際に参加者がこの環境にどの程度適応したのかを知るために,この歩行後に目隠しの状態で歩行してもらい,適応の度合いがどの程度色濃く反映されているか(残効)を測定しました.

実際より早いフローに適応できた参加者は,フローが実際の距離よりも長く歩いていると知覚させるため,目隠し歩行で10m歩けと言われた場合,実際の距離よりも短い距離で10m歩いたと感じるはずです.逆に実際より遅いフローに適応できた参加者は,実際の距離よりも長い距離で10m歩いたと感じるはずです.

Kunz氏らは4つの実験を通して,以下の2つの成果を報告しました.

第1に,適応と目隠しが同じ移動条件であると(つまり適応が歩行条件なら目隠し移動も歩行,また適応が車いす条件なら目隠し移動も車いす)であると,強い残効が確認されました.

このうち,特に車いすに関する結果は重要な結果です.なぜなら,参加者にとって新規な移動条件である車いす移動であっても,5-7分程度の順応期間で適応が起こることを実証したからです.

第2に,適応と目隠しが異なる移動条件であると(つまり適応が歩行条件なら目隠し移動は車いす,またその逆)であると,残効は生じませんでした.この結果から,適応が転移するのは同一の移動条件に対してのみであることがわかります.

こうした結果に基づきKunz氏らは,適応が転移するのは,移動行動を成立させるための四肢の使い方が類似している場合にのみ成立するのではないか(limb-specific organization of perceptual-motor relationship)など,いくつかの可能性について言及しています. 興味のある方は,是非原文を読んでみてください.

私たちの研究室ではこれまで,健常者が歩行中に正確に空間を知覚できるのに,なぜか初めて車いすを利用するとそれが転移されないこと(Higuchi et al. 2004)や,アメフト選手の優れた密集突破能力(実験では体幹の回旋を少なくして接触を回避する能力と定義)は,彼らが日頃訓練している走行時には発揮されるものの,歩行時には発揮されないこと(Higuchi et al. 2011)など,転移の範囲に一定の制限があることを示してきました.学術的にはこれを,学習の特性(specificity of learning)といいます.

Kunz氏らの報告は,こうした私たちの成果を肉付けするものとして,大変重要な成果と位置づけています.


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