セラピストにむけた情報発信



絶好調のバッターはボールが止まって見える:
行為能力が知覚認知にもたらす影響に関するWitt氏の功績




2013年2月25日

先週1週間はスノースポーツ実習の担当で長野県に山籠もりしておりました.本日より新たに研究・HP更新活動の再開です.



絶好調時のバッターは,ピッチャーが投げるボールが,止まって見えたり大きく見えたりするといいます.同じく調子が良いゴルファーも,パッティングの際にカップがいつもよりも大きく感じられるそうです.

コロラド州立大学の若き女性研究者,Jessica Witt氏は,助教としてパデュー大学に赴任中に,私たちの知覚経験が運動能力や知覚する際の行為の状況により確かに変わるということを,様々な実験を通して実証しました.

例えば,プロジェクター上に投影されるボールを長方形のブロック(puddle)で受け止めるというゲーム型の課題において,ブロックが大きく受け止めるのが簡単なほど,ボールの速さがゆっくりと感じられました(Witt et al. 2012a).この他にも,水中にあるターゲットは,熟練したスイマーであるほど近く感じることや,熟練したバッターほどボールが大きく見えることなどを明らかにしています.他にもWitt氏は,短期間の間に類似した現象を数多く報告しています.

こうした研究を通してWitt氏が明らかにしたことは,「私たちの知覚が行為の能力や状況による修飾を受ける」ということです.

従来,私たちの知覚経験は,純粋に入力された情報に対する情報処理の結果で決まると考えられてきました.例えば私たちの見え方(視覚経験)は純粋に光の情報の処理によって決定され,私たちの聞こえ方(聴覚経験)は純粋に音の情報の処理によって決定されると考えられてきました.

これに対してWitt氏の一連の研究成果は,こうした考え方は知覚経験の実態を100%反映してはいないことを示しました.私たちの知覚経験は,知覚者の行為能力などの影響を受けて,変化しうるのです.

私たちの研究室では,「知覚認知と身体運動の不可分性・相補性」といったことをキーワードに研究をしています.普段はどちらかといえば,「知覚認知が身体運動に及ぼす影響」について研究しています.矢印で表現すれば,「知覚認知⇒身体運動」となります.

これに対してWitt氏の研究は,「身体運動(行為)が知覚認知に及ぼす影響」,すなわち「身体運動⇒知覚認知」について明らかにするものです.「知覚認知と身体運動の不可分性・相補性」を示す意味で,とても重要な成果です.

なおWitt氏は,より社会性の強いテーマとして,「ピストルを持っている状況では,ピストルを持っていない状況よりも,相手が手に持つ物体がピストルであるように感じる」ということについても,実験的に明らかにしました(Witt et al. 2012b).

ピストルを構えた警察に取り囲まれた容疑者が,胸に手を入れるような仕草をしたため射殺されるというニュースを目にします.そうした中には,実は容疑者は携帯電話など別のモノを取ろうとしただけだった,という悲劇もあります.Witt氏の研究成果は,こうした状況での警察官の知覚判断が,ピストルを持っているという行為の状況による影響を受けた可能性を指摘するものです.

Witt氏のこうした研究成果が,マスコミなどで大きな注目を浴びていることについては,想像に難くないと思います.Witt氏のWebページではこうした記事についても広く紹介しています.興味のある方はご覧になってはいかがでしょうか.


参考文献
Witt JK et al . Does ease to block a ball affect perceived ball speed? Examination of alternative hypotheses. J Exp Psychol Hum Percept Perform 38 1202-1214, 2012a

Witt JK et al . Action alters object identification: wielding a gun increases the bias to see guns. J Exp Psychol Hum Percept Perform 38 1159-1167, 2012b




(メインページへ戻る)