セラピストにむけた情報発信



「技の伝承」(日本スポーツ心理学会シンポジウム)




2012年11月26日

11月23-25日の3連休は,石川県の金沢星稜大学で開催された日本スポーツ心理学会に参加してきました.興味深いシンポジウムとして,「技の伝承」に関する大会企画シンポジウムがありましたので,ここでご紹介する次第です.

技の伝承については,先輩の方々の優れた技術を後輩が盗む,あるいは卓越した先達者がセミナーなどを通して,言葉やデモンストレーションを通してその技のポイントを伝え,その知識を吸収するなど,いろいろな方法があります.セラピストの方々にとっても,当然身近な話題です.

シンポジウムでは3名の先生からの話題提供がありました,絵画や運動の熟練に関する研究(北海道大学,山田憲政先生)や,宝生流能楽師の藪俊彦先生による能の舞の実践や,能の世界での技の伝承についてのお話がありました.

この中で,私は北陸先端科学技術大学院大学の藤波努先生からのお話に,強い興味を持ちました.

ここで話題となったのは,パンの生地をこねて伸ばす,あるいは陶芸で土をこねるといった行為の熟練でした.例えばパンの生地をこねて伸ばす場合,熟練者はただ伸ばすのではなく,“ひねって伸ばす”という原理があるそうです(この原理はパン焼き機のハネに応用されています).

動作解析的にみると,全くの初心者はこねる動作の際に上半身と下半身の動作が同タイミングで起きます.つまり,こねる際にただ体重を押し付けているだけ,という事が起きます.一方熟練者は,こねる際の上半身と下半身の動作が分節的に独立した動作として,なおかつ常に両者が位相関係を持ってコントロールしていました.つまり下半身の動きが上半身の動きに波及し,適切な力を与えていきます.

技の伝承という観点から見ると,「初心者はこうした熟練者の動きを見て,どのように習得していくのか」ということが重要になります.

こねる動作によって作業台に生じた圧に着目して,初心者が熟練者のこねる動作をまねた際の特徴を見ると,その特徴が2つの特徴に別れました.1つ目のグループは,「こねる」という事に集中するあまり,熟練者に比べて圧が強すぎるというグループです.もう一つのグループは,熟練者がこねる際のリズミックな動きを,“見かけ上の動きとして”真似ようとするあまり,結果的に圧が全くかかっていないグループです.

ここで話題にしている技は,学術的には暗黙知といわれます.

パンを作るという行為そのものについては,レシピやマニュアルに沿って明示的に示すことができます.しかし,技の本質である暗黙の領域については,おいしいパンに関する味覚・嗅覚,美意識の共有といった側面が重要な側面を占めていると,藤波先生は説明されました.このように考えると,セミナー等を通して知ることのできる明示的・言語な知識やデモンストレーションは,厳密には技の伝承ではないのかもしれません.

言葉にしがたいこのような共有感をいかに効率よく獲得するのか(または獲得させるのか),そして言葉にしがたいこのような共有感を研究の観点からいかに記述するのか・・・とても興味深い問題です.


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