セラピストにむけた情報発信



リーチング動作における知覚と運動の乖離:レビュー(Goodale 2011)




2012年11月5日

皆さんは「知覚と運動の乖離(dissociation between perception and action)」という言葉をご存知でしょうか.

たとえばミューラーリアー図形では,実際には同じ長さの平行棒が2本並んでいても,両端についた矢羽が外向きか内向きかによって,長さが異なってみえるという錯覚が生じます.

しかしこの図形の平行棒の部分を,親指と人差し指でつまみなさいと言われれば,実際の平行棒の長さに対応して2本指の動きが調節されます.つまり指の動きは錯覚の影響を受けていないことになります.

この様に,見た目には錯視にだまされても,その物体に対する運動そのものは錯視にだまされない現象を,知覚と運動の乖離と呼びます.

1年ほど前ですが,知覚と運動の乖離の問題について常に先導的な役割を果たしてきた研究者,Melvin Goodale氏が,約25年にわたる研究の動向をレビューしました.

Goodale MA Transforming vision into action. Vis Res 51, 1567-1587, 2011.

歴史的に見て,視覚に関する研究の多くは,視覚(体験)がどのようにして成立するかという事に関するものでした.こうした中でGoodale氏をはじめ一部の研究者は,視覚情報が行為をコントロールするためにどのように利用されるのか,という事に関する様々な知見を提供し,その学術的な意義を示しました.レビューの中では,こうした歴史的経緯について様々な情報が提示されています.

「視覚情報が一時視覚野に到達した後,腹側経路(what回路)と背側経路(where回路)に分かれて処理されている」という話は,どこかで聞いたことがある方が多いと思います.もともとこうした話題は,1980年代にサルの研究を通して議論されたことです.Goodale氏はこうした2つの経路に基づく視覚情報処理が人間においても実行されていることを,脳損傷の患者さんや健常者を用いた数多くの研究で明らかにしています.

知覚と運動に乖離が生じるのは,視対象の知覚に用いられる経路(腹側経路)と行為選択に必要な視覚情報の処理に用いられる経路(背側経路)が異なるためと考えられています.レビュー論文では,こうした考えに関する一連の成果がまとめられています.

特に,fMRIを用いた研究を通して,こうした2つの経路に関わる脳機能の最新の知見を紹介することに多くの紙面が割かれています.興味のある方は是非読んでみてください.


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