セラピストにむけた情報発信



スポーツ選手の知覚判断能力に学ぶ学習の特殊性:Weast et al. 2011




2012年10月22日

私たちの研究室において行ってきた研究の一つに,スポーツ選手の優れた知覚運動制御に関する研究があります.

昨年発表したアメリカンフットボール選手の密集突破(隙間通過行動)に関する研究では,防具の幅に対応した絶妙な肩回旋の制御が,間隙を“走って”通過する場合にのみ確認されることを報告しました.すなわち,選手が実際にスポーツ場面で何度も体験している場面でのみ優れた特性が発揮されるのであり,それ以外の場面(たとえば隙間を“歩いて”通過する場合)には,一般の人と同程度のパフォーマンスしか発揮できないことを意味します.

本日は,私たちの研究と同じような結論を示した論文を1つ紹介します.

Weast et al. 2011 The influence of athletic experience and kinematic information on skill-relevant affordance perception. Quart J Exp Psychol 64, 689-706, 2011

共著者であるシンシナティ大学のMichael Riley氏とKevin Schockley氏は,こうした問題について複数の論文を発表しています.今回の論文は,第1著者の修士論文として行った実験データの報告です.

実験参加者は,2年以上の経験を持つバスケット選手と,一般参加者の2群です.

参加者は,自分自身およびモデルとして参加している他者1名について,①垂直跳びで届く最長距離,②手を伸ばして届く最長距離,③両足を地面につけた状態で座ることができる座面の最大の高さ,について判断しました.①>②>③の順で,バスケットとの関連性が高い課題となります.

実験の結果バスケット選手は,モデルに対する①の垂直跳びの判断が,一般参加者よりも優れていることがわかりました.さらに,このモデルが部屋をぐるぐると歩く様子を観察するだけで,垂直跳びの高さに関する判断がより正確になることがわかりました.

以上のことから,バスケ選手はバスケットとの関連性が高い,①の垂直跳びの判断でのみ,優れた知覚判断能力(アフォーダンス知覚とも言います)が発揮されるといえます.他者に対する判断でのみ正確性が高かったのは,試合場面においては対峙する選手の身体特性について様々な判断をするためだろうと考察しています.

この論文にせよ私たちの研究にせよ,データが持つメッセージの1つは,実際に練習した環境でのみ実力が発揮されることがある,ということです.

運動学習に関するこうした特性を,学習の特殊性(specificity of learning)といいます.学習の特殊性を考えると,「リハビリテーションにおける学習の目標が,実環境における安全な空間移動・正確な動作遂行であるとすれば,その練習段階において実環境を導入することが重要である」ことになります.

対象となる患者さんの知覚・運動特性が一定のレベルにないと,実環境の要素をリハビリテーションの中に組み込むことは難しいかもしれませんしかし,理想的な安全環境としてのリハビリ訓練室の中だけで運動を繰り返し学習することが,必ずしも実環境へのパーフェクトな適応を導かないかもしれないという点で,学習の特殊性に関する知見は,セラピストの皆様にとって無視できない研究知見といえるでしょう.


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