セラピストにむけた情報発信



パーキンソン病患者の歩行:視覚情報への依存度:Vitorio et al. 2012




2012年9月10日

パーキンソン病患者の歩行については,床に縞模様を描くことで“すくみ足”が改善できるなど,視覚情報に依存した歩行制御の可能性が示唆されています.本日ご紹介する研究は,意外にも,パーキンソン病患者の視覚情報への依存度が,対象患者と同年齢の高齢者と変わらなかった,ということを報告した研究です.

Vitorio R et al. 2012, The role of vision in Parkinson’s disease locomotion control: Free walking task. Gait Pos 35, 175-179

実験参加者は平均69.6歳のパーキンソン病患者12名,そして年齢や性別,体格を揃えた高齢者12名でした.参加者の課題は,8mの歩行通路を自分のペースで歩くことでした.

参加者は歩行中,液晶シャッターゴーグルという特殊な眼鏡を着用しました.このゴーグルは,電気信号によりゴーグルのレンズを透明/不透明に切り替えられる,いわばデジタル目隠し装置です.

このゴーグルを用いることで,3つの視覚条件を作りました.第1に通常照明条件,第2にストロボ照明条件(1秒間に3回の頻度(すなわち3HZ)で光が点滅する),そして第3に,参加者の任意でゴーグルを透明にできる条件でした.

実験者の仮説は2つありました.1つ目は,ストロボ照明条件におけるパーキンソン病患者の歩行パフォーマンス低下率が,コントロール群に比べて有意に高いというものでした.パーキンソン病患者が視覚に依存することで歩行のパフォーマンスが上昇するのは,歩行しながら(つまり前進移動中に)連続的に得られるオプティックフローを利用できるためと考えられています.ストロボ照明にすると,歩行中のオプティックフローは得られないため,パーキンソン病患者の歩行の成績はコントロール群に比べて高くないと予想されました.なお,こうした成果はすでに過去に得られているため(Azulay et al. 1999, Brain),この仮説については,この過去の研究成果を再現することが目的でした.

もう1つの仮説は,歩行中の視覚への依存度に関するものでした.3つ目の視覚条件では,手元のスイッチを使って,参加者の任意でゴーグルを透明にし,視覚情報を得ることができます.パーキンソン病患者のほうがより視覚情報に依存するため,レンズを透明にしている時間が長いだろうという仮説を立てました.

実験の結果,どちらの仮説も支持されませんでした.ストロボ照明条件での歩行成績の低下率は,コントロール群と有意差がありませんでした.また,3つ目の視覚条件でレンズを透明にしている時間もコントロール群と変わりありませんでした.

ストロボ照明条件における実験結果が先行研究と異なった点については,著者らも意外な結果と感じていたようです.この結果については,対象となる患者が投薬前であったか(Azulay et al.1999),あるいは投薬後であったか(本研究)の違いが影響したのではないかと解釈しました.

2つ目の点については,著者ら自身の解釈はほとんどなかったように思います.個人的には,患者自身の主観としては,視覚情報に依存して歩行しているという意識がそれほど強くないため,ずっとレンズを透明にしたいとは思わなかったのだろうと思いました.実際,この条件下での歩行成績は,通常の照明条件と差がなかったことから,安全な環境下での直線歩行ならば,一定の長さの連続的な視覚情報さえあれば,常時視覚がなくとも歩行が制御できることを示唆しています.


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