セラピストにむけた情報発信



錯視物体に対する足上げ動作は錯視にだまされるか?:
Elliott et al. 2009



2012年7月17日

本日ご紹介する論文は,障害物に対して実際よりも大きく見えるような錯視図形を張り付けることで,その障害物をまたぐ際の足上げが,錯視にだまされて高くなることを報告したものです.

Elliott et al. 2009 Does my step look big in this? A visual illusion leads to safer stepping behavior. PLOS One 4, e4577

実験は若齢健常者を対象に実施しました.参加者の立っている位置からおよそ2歩先(平均1.4m)に,幅464㎜,奥行き508㎜,高さ152mmの立方体を置いておきます.参加者の課題は,歩いてこの立方体の上に上がるというものでした.

実験ではこの立方体に対して,「水平垂直錯覚」という錯覚を施しました.この錯覚は,同じ長さの線分であったとしても,垂直線分のほうか水平成分よりも長く感じるというものです.

この錯覚を利用するため,1つの条件では高さの面に垂直線分,足を乗せる面に水平線分を記載しました(V条件と呼びます).もう1つの条件では逆に,高さの面に水平線分,足を乗せる面に垂直線分を記載しました(H条件と呼びます).

実験の結果,高さの面に垂直成分があり,実際より高く見えるV条件では,H条件よりも足上げ動作が高くなりました.つまり,錯視物体に対する足上げ動作は錯視にだまされることがわかりました.

この結果は一見当たり前に見えるかもしれません.しかし研究領域では1990年代から少なくとも2005年ころまでの間は,「錯視図形に対して知覚(見え)はだまされるが,運動はだまされない」というのが,主流の考えでありました.実際,錯視図形に対する上肢動作(リーチングやつかみ動作)では,見えとしては錯視動作にだまされても,その図形に対する上肢動作は,物体の物理的特性に対応して調整されていることが,多くの研究により示されていました.

著者らは,足上げ動作が錯視にだまされたことについて,「歩行動作は上肢動作と違って,オンラインの動作修正よりも,足上げ動作をおこなう1-2歩前の情報に基づくオフラインの(オープンループの)動作修正が重要であることから,この場合には見えの判断が動作に影響するのではないか」と解釈しました.

リハビリテーションへの応用を考えれば,障害物の特性に応じた適応的な動作修正ができない患者さんに対して,足上げの必要な住環境物に対して錯視を施すことにより,通常よりも高い足上げを誘導し,転倒を防止するといった応用ができるかもしれません.ただしこうした応用は,対象とする患者さんか錯視図形を健常者と同じ様式で知覚できるということが前提であるため,事前にこの実験を参考とした基礎的検討を行う必要があるでしょう.


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