セラピストにむけた情報発信



トレッドミル歩行:視覚フィードバック情報に基づく潜在的歩幅修正
Kim et al. 2012




2012年5月28日

PT学会参加の皆様,お疲れ様でした.
学会明けに通常業務をこなすのは容易ではないと思います.ご自愛ください.

_______________

本日ご紹介する論文は,トレッドミル歩行における視覚運動制御に関する論文です.

トレッドミル歩行は,歩行のリハビリテーションのためのツールとしても使用されることがあります.その意義として一般に考えられるのは,健常な歩行のパターンをトレッドミル上で繰り返すことにより,脊髄のセントラルパターンジェネレータの活動を強めて,下肢のコントロール能力が高まる,というものです.これは言い換えれば,トレッドミル歩行における歩幅の修正は,皮質下の活動でなされるということを意味しています.

今回ご紹介する論文では,トレッドミル上により無意識のうちに歩幅を微調整する過程には,皮質レベルの活動も関与するということを,視覚フィードバック情報の操作により明らかにしたものです.

Kim S et al. Effects of implicit visual feedback distortion on human gait. Exp Brain Res 218, 495-502.

参加者は健常学生12名です.10-15分の間,トレッドミル上を快適な速度で歩行しました.歩行中,目の前にあるディスプレイ上で2本のバーが提示され,それぞれの足の歩幅に合わせて伸び縮みしました.参加者はこのバーを見ながら,歩幅の左右対称を維持するよう教示されました.

実験では,このバーに基づく視覚フィードバック情報が歩幅の修正に役立っていることを実証するため,あたかも左右非対称で歩いているかのような,偽りの視覚フィードバックを与えました.その結果,参加者はこの視覚情報に呼応して,非対称がなくなるように歩幅の微調節を行いました.実際にはもともとの歩幅が左右対称であったことから,こうした微調整によって結果的に歩幅は左右非対称となりました.

興味深いことに,参加者は,視覚フィードバックが実態とわずかに異なる局面があったことや,それに対して自らが歩幅を微調整していたことに気づいていませんでした.つまり,視覚情報に基づく歩幅の微調整の過程は,潜在的な情報処理過程に基づくといえます.

にもかかわらず,別の計算を行いながらトレッドミル歩行をするという,デュアルタスク条件下で同じ実験を行うと,視覚フィードバックの影響が少なくなりました.この結果から,歩幅の微調整が潜在的に行われているとはいえ,そこには認知的な処理過程が関与していそうだ,といえます.

この研究成果は,周期的動作であるトレッドミル歩行について,視覚フィードバック情報の知覚に関わる皮質レベルの処理が関与することを示すものであり,意義深いものです.著者の1人は工学系であることから,こうした成果に基づき,リハビリテーションの効果を上げるために視覚フィードバック情報を応用する方法について試みようとしています.


(メインページへ戻る)