セラピストにむけた情報発信



幼児の知覚判断能力:母親の指示の影響
Tamis-LeMonda et al. 2008



2012年5月7日

幼児は時に,危険な行動をして親をびっくりさせることがあります.今回の論文は,幼児がこうした危険な行動を選択すべきか否かを判断する際に,母親の指示をどの程度聞き入れるのかについて報告した,2008年出版の論文です.

Tamis-LeMonda CS et al. When infants take mothers' advice: 18-month-olds integrate perceptual and social information to guide motor action. Dev Psychol 44, 734-746, 2008

著者らがこの論文で学術的に検証したかったことは,幼児の行動選択において,自身の知覚情報と,母親からの指示(社会的情報)はどのように利用されるのか,ということです.

結果的にわかったことは,母親からの指示が有益なのは,判断が微妙な場合のみということです.知覚情報と社会的情報の両者の情報にコンフリクトが生じている場合―すなわち,明らかに危険なのに母親が“おいで”と指示したり,明らかに安全なのに母親が“来ちゃダメ”と指示したりした場合―には,自分自身の判断を尊重し,母親の指示には従いませんでした.

著者らは18か月の幼児が24人を実験対象者として,坂を安全に歩いて降りる課題を行ってもらいました.幼児たちに求められるのは,安全に下りることのできる坂の傾斜角度を正確に判断することでした.坂の下に母親を待機させ,“おいで”などと呼びかけた場合(encourage条件)と,“来ちゃダメ” などと呼びかける場合(discourage条件)を設定し,実際に坂を下りるかどうかを比較しました.

その結果,坂の傾斜が緩やかで明らかに安全な場合(例えば傾斜4度)や,明らかに危険な場合(例えば傾斜50度の場合)は,母親の呼びかけの違いは,何ら影響を与えず,安全な場合は坂を降りる行動を選択し,危険な場合はその行動を回避しました.

これに対して,坂の傾斜が各幼児にとって降りられるかどうかギリギリの角度であった場合,母親の呼びかけの違いが大きな影響を与えました.坂を下りた確率が,encourage条件では74%なのに対して,discourage条件では27%でした.

これらの結果から,幼児は原則として自信の知覚情報を頼りにして行動を選択しつつも,判断が難しい場面でのみ選択的に社会的情報を判断材料に加味していることがわかります.

こうした判断は,たとえ不完全ではあっても,極めてスマートな判断です.幼児は,一見したところ非常に危なっかしい行動ばかりを選択しているようにも見えますが,実は状況に即して適切な情報を利用して,適切な行動を選択しようと努力していることがわかります.

発達障害児のリハビリテーションに携わっていらっしゃる方にとっては,対象幼児がこうした社会的情報を適切に使えるのか,という視点での行動観察の重要性を示してくれる論文だと思います.

なお,同様の検証を12か月の乳幼児を対象に行うことで,ハイハイ姿勢(すなわち彼らにとっての熟練した姿勢)と歩き姿勢(まだ歩き始めで慣れない姿勢)における社会的情報の利用の違いについて指摘している論文もあります.興味のある方は合わせてご参照ください(Adolph et al., Locomotor experience and use of social information are posture specific. Dev Psychol 44, 734-746, 1705-1714,2008).


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