セラピストにむけた情報発信



多様性練習の運動学習効果に関するレビュー:Kantak et al. 2012




2012年4月27日

今回は,多様性練習が持つ学習効果についてレビューした最近の論文です.著者は前回このページでご紹介した論文の著者であるKantak氏と,そのボスのWinstein氏です.

Kantak SS et al. Learning–performance distinction and memory processes for motor skills: A focused review and perspective. Behav Brain Res 228, 219-231.

このレビュー論文は,運動学習研究では古くから検討されている理論的問題に対して, TMSを用いた最近の生理学知見を織り込むことで,この分野の考え方をアップデートしたいという狙いがあります.

論文ではまず,運動の学習効果を検証するに当たっては,練習中のパフォーマンスではなく,一定期間を経過したのちに実施する課題(保持課題または転移課題といいます)の成績を評価すべきだという説明がなされています.こうした説明自体は,運動学習研究の領域では非常に古くからなされていることです.

著者らがここで注目したのは,練習をしてから保持・転移課題を実施するための時間設定と,それによる学習効果の違いです.一般的にこうした研究では,保持・転移課題は練習の10分後(直後保持・転移),または1日後(遅延保持・転移)に設定します.著者らが直後保持・転移と遅延保持・転移を用いている41の関連論文をレビューした結果,そのうち26の研究では,著者の保持・転移課題の成績が一致していないことがわかりました.

このレビュー結果から著者らは,直後転移・保持は必ずしも練習した内容がきちんと記憶されているかどうかを反映できないと主張しました.

さらに著者らは,この結果が意味するのは,運動学習に重要な期間が練習終了後の一定期間の認知処理にあるため,直後転移・保持では,その効果が必ずしも期待できないと説明しました.こうした練習終了後の一定期間の認知処理は,しばしばオフラインの記憶過程と表現されます.

レビュー論文では,このオフラインの記憶過程について,TMSを用いて検討している研究がよくまとめられています.その内容については,前回ご紹介した論文とも一致するところがありますので,ご参照ください.

このほかこのレビュー論文では,練習期間中の記憶過程についても様々な情報が提供されています.練習期間中の記憶過程は,オンラインの記憶過程ともいわれます.

習得課題中に認知処理が多ければ多いほど,記憶の固定が促進されると考えられています.たとえば最近何度かご紹介している多様性練習(またはランダム練習とも言います)の効果も,その一部はこうした効果によるものとして考えられます.

多様性練習とは,同じ練習をひたすら繰り返すよりも(constant practice)と,若干のバリエーションを加えて練習させるほうが(variable practice),練習効果が長く持続するというものです.

多様性練習の効果に関するオンラインの記憶過程として重要なのは,試行間の認知情報処理といわれています.多様性練習の場合,毎回異なる運動を練習する結果,運動間の類似性や比較に関する認知的処理をする必要があるかもしれません(elaborative processing説).また,ブロック練習のように同じ運動を繰り返す場合には,ワーキングメモリーにある運動計画をそのまま実行するだけですが,多様性練習のように毎試行異なる運動を行えば,毎試行その運動を実行するための認知処理を行うかもしれません(forgetting reconstruction説).

このように,習得課題中に認知処理が多ければ多いほど記憶の固定は促進されるというのが,最近の研究結果を踏まえてもなお,支持されている考え方であります.

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