セラピストにむけた情報発信



パーキンソン病患者における歩行軌道の左右偏奇を作り出す要因:.
Davidsdottir S. et al. 2008



2012年1月10日

今回ご紹介するのは,パーキンソン患者の歩行に及ぼす空間知覚・認知的要因について検討した,2008年の論文です.最新の論文ではありませんが,ずっと溜めていた論文を正月休み中に流し読みした中で,興味深い論文であることがわかったため,ここに紹介する次第です.

Davidsdottir S. et al. 2008 Impact of optic flow perception and egocentric coordinates on veering in Parkinson's disease. Brain 131, 2882-2893, 2008

この論文ではパーキンソン病患者における歩行障害の中でも,まっすぐ歩くつもりがいつの間にかその軌道が左右に偏奇するという現象(veering)に着目し,その原因として空間知覚・認知的な要因が関与するかどうかについて検討しました.

具体的に著者らが着目したのは,オプティックフローの知覚の左右差と,空間認知の歪みに関する左右差という2つの要因です.

これまでの研究により,運動障害が主に身体の左側に出やすい患者(LPDと称します)の場合,特に左空間が実際よりも狭く見えることが指摘されています.

空間認知にこうした左右差が生じると,第1に,空間の中心位置が健側方向にずれて知覚されることが予想されます.LPD患者の場合,中心位置は実際よりも右に偏奇されるはずです.これはいわゆる半側空間無視の現象と似た現象であり,論文では自己中心的な視点から見た中心位置の歪みと表現されています(misalignment of egocentric midline).

また第2に,空間認知にこうした左右差が生じると,オプティックフローの知覚にも左右差が生じます.実際よりも狭く見える空間(LPDの場合,空間の左側)では,オプティックフローの流れが健側の右側よりも“遅く”感じられます.健常者においてオプティックフローの速度にこうした左右差が見られるのは,方向転換をしている場合です.すなわち,方向転換している側のオプティックフローが早くなります.従って,この状態から直線的歩行に戻す場合,オプティックフローが遅い方向に少し軌道を修正することになります.

パーキンソン病患者の場合,直線軌道を維持している段階で既にオプティックフローに左右差が生じていることになります.従って,たとえばLPDの患者の場合,自然とフローが遅い左方向へ歩行軌道が偏奇するというのが,オプティックフローを利用しているときの仮説となります.

このようにしてみると,2つの要因は歩行軌道の左右偏奇として逆方向の偏奇を予想します.すなわち,LPD患者を対象とした場合,中心位置の認知の歪みが原因ならばその軌道は右側に偏奇し,オプティックフローの知覚の左右差が原因ならば,その軌道は左側に偏奇することになります.

こうした仮説のもと,LPDおよび右側の運動障害が顕著な患者(RPD)を対象に,直線歩行時の軌道の左右偏奇性を観察しました.その結果,LPDの患者については右側の偏奇が見られ,中心位置の歪みが影響していると考えられました.一方RPDの場合,どちらかと言えば左側への偏奇が見られたため,オプティックフローの左右差が影響していると考えられました.

この論文は,パーキンソン患者の歩行障害には確かに空間知覚・認知的要因が関与しているという意味でも有用な論文であります.同時に,LPDとRPDでは異なる要因が歩行により強い影響を与えていることを示唆するものであり,患者間に見られる個人差についても,一定の情報を与えてくれています.この実験ではこの他にも性差の影響も出たりと,やや複雑なで難解な実験結果となっていますが,英語表現そのものも書き手として参考になる部分も多く,読んでよかったと思える論文でありました.



(メインページへ戻る)