セラピストにむけた情報発信



パーキンソン病患者における視覚誘導性の歩行改善:
注意誘導か,オプティックフローの利用か
 Ferrarin et al. 2008




2011年10月11日
床面に横断歩道のような横線を付与することで,パーキンソン病(PD)患者の歩容が改善する場合があることが知られています.こうした歩容の改善は逆説性歩行(paradoxical gait)とも呼ばれます.ここで逆説的と表現するのは,PD患者にとって,隙間などの視覚刺激が逆にすくみ足を引き起こす場合もあるからです.

今回ご紹介するのは,この逆説性歩行が起きる理由として,注意誘導説とオプティックフロー利用説の両面から検証したものです.

Ferrain et al. Effect of optical flow versus attentional strategy on gait in Parkinson's Disease: a study with a portable optical stimulating device. J Neuroeng Rehav 5, 2008

PD患者の場合,基底核を含む運動制御の機構がうまく機能していないため,歩行の自動的調整が困難になることが予想されます.注意誘導説では,足元の白線が注意の誘導を引き起こし,注意が誘導された先に意識的に足を動かすことで,歩容が改善すると考えます.すなわち,意識的に下肢の動きを制御することで,下肢の自動制御の問題を克服するという発想です.

これに対してオプティックフロー利用説では,歩いている最中に周辺視野に投影される,白線の動きの情報が,障害を受けている脳機能をバイパスして処理され,下肢の制御に利用されると考えます(オプティックフローとは何かについては,過去のページをご参照ください).

著者らは,周辺視野に光刺激を提示できる特殊なゴーグルを開発し,この2つの説の妥当性を検証しました.

注意誘導を引き起こす条件では,かかとにあるフットスイッチを利用して,足の振り出しを開始する直前に,振り出す足の側に光刺激を出すことで,注意を誘導しました.一方オプティックフロー条件では,歩行中に連続して光が遠くから手前へ流れる,あるいは手前から遠くへ流れる条件で,光刺激を提示しました.

実験の結果,どちらの条件が歩容を改善するかは,病気のレベルによって逆転することがわかりました.

中程度レベルのPD患者の場合,オプティックフロー条件において歩容の改善が見られました.一方よりシビアなPD患者の場合,注意条件において歩容の改善が見られました.

病気のレベルによってメカニズムが劇的に変わるというのは,面白い成果ではあります.ただし,「中程度とはどのレベルまでを指すのか」といった厳密な定義が難しいことも含め,研究者の視点から見れば,悩ましい結果であることも事実です.

患者の病気のレベルがもたらす結果の違いについて,著者らは,シビアな高齢者の場合,ドパミンが神経伝達物質として機能する網膜の神経も障害を受けることから,オプティックフローを利用できにくい状態にあるのではないかなど,様々な意味づけをしています.興味のある方は,是非論文をご覧ください.




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