セラピストにむけた情報発信



行為の選択は身体スケールではなく行為スケールに基づき遂行される
Wilmut et al. 2011, 他




2011年6月13日
アフォーダンスの概念に基づく生態心理学においては(特に1980年代までの研究においては),私たちの行為は身体スケールに基づいて適切に選択されると考えられています.

たとえば狭い隙間を通る際に体幹を回旋するかどうかは,隙間が肩幅の1.3倍より狭いかどうかで判断されるという報告があります.また,足でまたげる最大の高さは,下肢長の0.88倍かどうかで判断しているという報告もあります.いずれも1980年代の報告ですが,こうした報告は,私たちの行為が,肩幅や下肢長などの身体スケールに基づいて選択されていることを示していると考えられてきました.

最近こうした考え方の修正版として,私たちの行為は身体スケールではなく,行為スケールで判断されているのではないか,という主張があります.こうした主張の背景には,健常成人以外を対象者として実験をしてみると,成人男性とは若干異なる選択がなされている,という実験結果があります.

たとえば狭い隙間を通る際に体幹を回旋するかどうかの判断について,8-10歳の子供(Wilmut et al. 2011)や高齢者(Hackney et al. 2011)では,肩幅のおよそ1.6倍より狭いかどうかで判断されるようです.こうした判断について,“子供や高齢者は空間の見積もりが不正確だ”とみなすことも可能ですが,一方で,“子供や高齢者が健常成人よりも動作の安定性が低いと考えれば,妥当な判断をしている”と考えることもできます.

Snapp-Childs et al. (2009)は,後者の考え方に基づき,身体スケールに基づかない行為選択のモデルとして,Dynamic scaling modelを提案しました.このモデルが主張するのは,私たちが行為選択の際に判断基準とするのは,運動のばらつきであるというものです.“Dynamic scale”というのは,運動のばらつきのように,運動することによって発生する各種特性を考慮して判断しているということを表現するために選ばれた言葉です.個人的には,行為スケール(action scale)と表現するほうが,身体スケールとの対比としては良いかなと考えています.

リハビリテーションの場面では,運動のばらつきが高い対象者をサポートすることになります.行為スケールの考え方に基づけば,効果的なリハビリによって運動のばらつきが低下した時,それに伴って行為の選択も適切に修正されていくはずです.しかし実際には,自分の行為能力に見合った適切な判断ができない人も数多く存在するように思います.

こうした対象者に対しては,適切な行為選択ができるようになるための介入,といったことを考えることも,臨床場面では重要な問題のように思います.残念ながら,研究上ではこうした介入として有用な情報はあまり提供されていません(参考情報は,過去のページをご参照ください).

今後,私たちの研究室では,行為の選択の精度を上げるのに有用な介入について,積極的に研究を行っていく予定です.成果が還元できるには時間がかかると思いますが,その意義を感じながら少しずつ前進していければと考えています.

引用文献

Wilmut K. et al. Locomotor behaviour of children while navigating through apertures.Exp Brain Res 210, 185-194, 2011

Snapp-Childs W. et al. The affordance of barrier crossing in young children exhibits dynamic, not geometric, similarity. Exp Brain Res 198, 527-533.

Hackney AL et al. Action strategies of older adults walking through apertures. Gait Posture, in press,



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