セラピストにむけた情報発信



運動イメージを利用した歩行のリハビリテーション
Malouin et al. 2010




2011年5月30日
PT学会にご参加のみなさん,お疲れ様でした.また,本研究室に関わる研究発表にお立ち寄りくださった皆さん,どうもありがとうございました.私自身は学会参加できませんでしたので,発表者からのフィードバックを通して,皆様のご意見を吸収したいと思います.また,別の研究会等で直接お話ができますことを,楽しみにしております.




本日ご紹介するのは,運動イメージは歩行のリハビリテーションに寄与できるのか,
という観点から,数多くの文献をレビューした論文です.

Malouin F et al. Mental practice for relearning locomotor practice. Phys Ther 90, 240-251, 2010

この論文は,少なくとも2つの点で価値のある論文です.

第1に,歩行に着目して運動イメージの有用性についてまとめている点です.一般に運動イメージに関する研究は,上肢動作を対象としたものが多いため,歩行または下肢の協調動作に特化したレビューは新規性が高く,貴重な情報です.

具体的に紹介されている内容として,例えば歩行の運動イメージには,実際の歩行と同様,スピードと正確性のトレードオフが存在すること(Fittsの法則と言います)が指摘されています.

実際の歩行において,非常に細い通路を歩く時は,広い通路を歩くときよりも正確な下肢のコントロールが必要であるため,歩行速度を下げて歩きます(結果的として所要時間が長くなります).今度はこうした場面をイメージしてみると,やはり細い通路を歩くイメージを持つほうが,広い通路を歩くイメージを持つ場合よりも,一定距離を歩くイメージにかかる時間が長くなります.すなわちイメージ上の歩行においても,Fittsの法則が当てはまるのです.

第2に,単なる学術成果のまとめにとどまらず,リハビリテーションに実践応用するために必要な具体的提言が多いことです.

実際の運動に近い脳活動やイメージ特性を引き出すには,他者の動きを第三者的に見るような視覚イメージではなく,実際に自分が歩いているときに感じる視覚的+体性感覚的イメージを想起することが必要です.こうしたイメージを引き出すためのプロセスとして,まずは視覚的イメージから想起してもらい,段階を踏んで体性感覚的イメージにつなげる工夫が紹介されています.

また,運動イメージをリハビリに導入できる対象者についてもコメントがあります.

運動のイメージ中には,実際の運動に関わる脳領域の活動がみられることが知られています.こうした背景を考えると,関連する脳領域に損傷がみられる患者の場合,そもそも適用が難しいのではないかと考えられます.しかしながら,現在までの研究例をみると,脳卒中患者群にみられる運動イメージ能力のばらつきは,健常人にみられるばらつきと大差がないという研究も少なくないようです.

ただしこの指摘については,研究数が少ないこともあり,たまたまこれらの研究における実験参加者が,脳損傷後も一定の精度で運動をイメージできていただけ,という可能性を強くは否定できません.もう少し時間をかけて検証すべき問題と思います.

また,運動イメージ課題の場合,実験者(検査者)の言語教示に従ってイメージをしていくことから,言語的能力やコミュニケーション能力が低い人への適用は難しいのではないかと指摘しています.

この他にも, 実践的応用を考える上で有用な情報が数多くあり,運動イメージの臨床応用に興味がある方にはお勧めできる論文です.


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