セラピストにむけた情報発信



視野制限下での歩行中の障害物回避:Jansen et al. 2011




2011年4月25日
私たちの視野は,左右方向に200度,上下方向に135度あるといわれています.
本日ご紹介する論文は,上下方向の視野を制限した状況での障害物回避動作について検討したものです.

Jansen SE et al. Obstacle crossing with lower visual field restriction: shifts in strategy. J Mot Behav 43, 55-62, 2011

実験では若齢者を対象に,通路に置かれた障害物をまたいで回避する動作を,3時限動作解析しました.上下歩行の視野を90度,45度と制限した場合,さらに25度と極端に視野を狭く場合に,通常と比べて回避動作がどのように変化するかを検討しました.

実験の結果,視野が狭くなるにつれて,障害物をまたぐ際に足を上げる高さが高くなりました.またその際の歩幅が広くなりました.このような動作の修正は,結果的に障害物をまたぐ際の空間マージンを大きくし,接触の危険性を軽減することができます.

通常の歩行時は,できるだけ無駄のない動作が好まれるため,足を上げる高さも最小限にとどまります.しかし,視野が制限されて足もとの状況が不明確になった場合,足を通常より高く上げ,さらには歩幅を広くして着地位置を障害物から離すように動作を修正し,接触の確率を低くすることが好まれます.このような動作修正は,しばしば保守的な歩行方略(conservative strategies)といわれます.

たとえ視野が制限されても,顔を下に向けて歩けば,足もとの視野を確保することができます.実験では,顔を下に向ける動作は,視野が25度極端に狭い場合を除いては,確認されませんでした.

一定の視野制限では足元を見るための頚部屈曲は起こらないという実験結果から,歩行中の視覚運動制御について重要な知識を提供します.たとえ視野が制限されても,障害物から離れた位置では,障害物を視野におさめることができます.こうした遠方での視覚情報があれば,回避の瞬間にに障害物を視野に収めていなくても,安全に障害物を回避できることを,この実験結果は示しています.遠方での視覚情報に基づいて回避動作をコントロールする特性は,フィードフォワード制御とも呼ばれます.

この論文で報告された動作特性については,既に過去の論文で報告されているものがほとんどです.従って,新しい知見の提供という意味では,残念ながらこの論文は高い評価を受けることができません.

この論文のオリジナリティは,視野制限の度合いを複数設定して影響を細かくみた点にあります.著者らは人間工学系の研究者であり,こうした結果を,ヘッドマウントディスプレイのように視野制限が加わるデバイスの開発に役立てようとしています.従って,研究としての新規性よりも, 視野制限の度合いをパラメトリックに操作して,最適な条件を探すことに研究の意義があったのだろうと推察されます.

論文のイントロダクションにまとめられた先行知見のレビューは大変よくまとまっていますので,この論文を読めばこのテーマに関する研究動向が網羅的に理解できるという長所はあるように思います.


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