セラピストにむけた情報発信



移動行動固有の空間認知は存在する?:隙間の通り抜け行動に基づく考察
Fujikake et al. 2011




2011年4月18日
今回ご紹介するのは,私自身の研究のメインテーマにかかわる論文です.この論文は,今年の三月に修了した藤懸大也君とともに報告したものです.

Fujikake H, Higuchi T, et al. Directional bias in the body while walking through a doorway: Its association with attentional and motor factors.Experimental Brain Research, 210, 195-206, 2011.

ここでの大きな議論は,「歩行を中心とした移動行動を支える空間認知は,座位・上肢動作における空間認知と同一のものか?」という議論です.

多くの認知科学的研究では,両者は同一の空間認知に支えられていると考えます.

私たちの研究のひな型になっている論文では,隙間を通り抜ける際の軌道が若干右に偏奇するという現象を報告しました(Nicholls et al. 2007, 2008, 2010),これが座位・上肢動作における空間認知にみられるバイアスと一致するため,やはり歩行を支える空間認知は座位・上肢動作における空間認知と同一である,と結論付けています.

これに対して私たちは,歩行を中心とした移動空間時には,座位・上肢動作時と完全に同一ではなく,移動行動固有の空間認知過程が存在するのではないかと考えています.

こうした考えの背景には,これまでの様々な研究の積み重ねがあります.例えば隙間の安全な通り抜けに対する判断は,遠方から立位で判断した場合(すなわち座位・上肢動作時と同じような場合)よりも,実際に狭い隙間を通り抜けている場合のほうが,はるかに正確な空間認知をしているような行動がみられます(Higuchi et al. 2011).このようなデータは,移動中と静止立位時では異なる空間認知過程が働いている可能性を示唆します.

そこで私たちは,こうした考え方の妥当性を検討するための最初のステップして, Nicholls et al.(2007, 2008)の研究手法に存在する問題点を明確にしたうえで,その問題を排除したうえでも,本当に隙間を通り抜ける際の軌道が右に偏奇するかを検討しました.

実験結果をまとめると以下のようになります.

  • 隙間を通り抜ける際の歩行軌道の左右偏奇量は,通り抜ける際の支持脚がどちらの足であったかに大きく依存する.Nicholls et al.ではこの要因が排除されていないため,結果に影響した可能性がある.
  • 上記の問題を統制して検証した結果,一貫して歩行軌道が右に偏奇するという傾向は見られなかった.
  • Nicholls et al.が主張していた,座位・上肢動作における空間認知にみられるバイアス(擬似的空間無視)との関連性を,相関分析により検討したが,有意な相関は見られなかった.
  • 隙間を構成する左右のドアのいずれかに注意を向けて歩かせると,歩行軌道は注意を向けたドアと逆方向に偏奇した.従って空間認知の左右差(すなわち,視覚的注意が左右空間のどちらに向けられたか)が歩行軌道に影響することがわかった.

これらの結果から,仮に座位・上肢動作時と同一の空間認知過程が関与しているとしても,それとは別の過程が関わると考えても良いのではないか,と考えています.今回の研究だけでは言えることが少ないため,こうした私たちの考え方が本当に正しいのか,これからもデータを積み上げていく必要があります.

この研究を精力的に進めてくれた藤懸大也君は,私たちの研究室にとって本当に貴重な財産でありました.もともと藤懸君は,本学の経営学部出身です.藤懸君は陸上部に所属しており,その練習法についてアドバイスしたことが,大学院進学につながりました.

研究の素養は全て大学院に入学してから積み上げましたが,その進歩は目覚ましく,2年間の中で国際誌に論文を投稿するまでに成長してくれました.藤懸君の修了は,研究室にとっては大きな痛手ですが,彼が残してくれた様々なことが同僚や後輩を大きく刺激し,現在の研究室の大きな活力剤になっています.

こうした学生との出会いや研究機会が,大学人としての大きな喜びだと,改めて感じる次第です.

引用文献

Higuchi T et al., Athletic experience influences shoulder rotations when running through apertures.Human Movement Science, 2011( in press).

Nicholls ME et al., Things that go bump in the right: the eVect of unimanual activity on rightward collisions. Neuropsychol 45(5):1122–1126, 2007

Nicholls ME et al., Rightward collisions and their association with pseudoneglect. Brain Cogn 68(2):166–170, 2008

Nicholls ME et al., A hit-and-miss investigation of asymmetries in wheelchair navigation. Atten Percept Psychophys 72(6):1576–1590, 2010



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