セラピストにむけた情報発信



パーキンソン患者における隙間通過時のすくみ足:視覚運動制御の観点から
Cowie et al. 2010



2011年3月1日

以前このコーナーにおいて,パーキンソン病患者が歩行中にしばしば経験する‘すくみ足’について,知覚的要因によって生起する可能性を示した論文をご紹介しました(すくみ足に関する問題の所在については,リンク先のページをご参照ください).

本日ご紹介する論文も,これと類似するデータを示しています.より詳細な動作解析を行った点や,複数の実験課題を組み合わせてロジックを立てたことにより,非常にエレガントな研究報告となっています.

Cowie D et al. Insights into the neural control of locomotion from waking through doorways in Parkinson’s disease. Neuropsychologia 48, 2750-2757, 2010

参加者はパーキンソン患者10名,および年齢をそろえた健常成人10名です.実験では,サイズの異なる3つの隙間を用意し(肩幅と等倍, 1.25倍,1.5倍),それを通り抜けてもらうという課題を実施しました.すくみ足に関連する特徴が隙間の大小に応じて変化するかについて,詳細な検討がなされました.また歩行のベースラインとして,隙間を設置していない時の歩行についても動作解析を行いました.

隙間を通過する際の歩行について詳細な動作解析を行った結果,パーキンソン病患者は健常成人に比べて,隙間通過時の歩行スピードが低下するほか,歩幅の減少,つま先挙上の度合いが低くなるなど,すくみ足を形作る様々な動作特徴が確認されました.この傾向は,隙間が狭くなるにつれて極端に強くなりました.

狭い隙間を通過する際に,歩行スピードが下がったり歩幅がせまくなったりする現象自体は,健常成人においても見られる現象です.しかしながらパーキンソン病患者の場合,速度低下の度合いが健常成人よりもはるかに大きいことに問題がありました.



この研究が優れている点の1つは,パーキンソン患者について,ドーパミン不足を補う薬の服用の有無により2度実験に参加してもらった点にあります.服用による影響を検討することで,すくみ足の現象が,ドーパミンが作用する大脳基底核レベルの問題に起因するのかを検討することができます.

その結果,薬の服用により,隙間を設置しなかったベースライン条件での歩行は有意に改善したにもかかわらず,隙間通過時の歩行は,服用後も変化が生じませんでした.この結果は,隙間服用時に生じるすくみ足の問題は,必ずしも大脳基底核レベルの問題ではない可能性を示しています.

さらにこの研究の実験デザインが優れているのは,すくみ足の問題と関連しうる知覚性・運動性の要因を事前に想定し,それを測定する課題を組み合わせて実験を実施している点にあります.

例えば,狭い隙間の前で足がすくんでしまうのは,隙間のサイズの視認が不正確であることに起因しているかもしれません(知覚性の問題).あるいは,歩行のばらつきが大きいことで,過度に(正常レベルを逸するほどに)慎重な歩行をしているだけかもしれません(運動性の要因).

こうした可能性を検討するために,参加者は隙間を通過する課題のほかに,接触せずに通過できるぎりぎりの隙間サイズを同定する課題(知覚判断課題)や,歩行にかかわる運動能力を測定する課題を実施しました.その結果,知覚判断課題についてはパーキンソン病患者と健常成人の間に有意な差は見られませんでした.すなわち,単なる隙間の視認の問題がすくみ足をもたらしているわけではなさそうです.また,歩行にかかわる運動能力のテストと,すくみ足の程度(隙間通過時の歩行速度減少の程度)との間に有意な関係が見られませんでした.

これらのデータから著者らは,すくみ足は単に環境刺激の不正確な知覚がもたらしたわけでもなく,またドーパミン不足がもたらす不正確な運動がもたらすわけではないと主張しました.隙間を通り抜ける際になされる歩行の調整が,極端に過度になされてしまうことが原因なのではないかというのが,現段階での結論です.

今回ご紹介した論文のストーリーは,パーキンソン病患者の歩行の問題を解明するということに立脚しているのではなく,歩行の視覚運動制御に関するメカニズムを解明するために,パーキンソン病患者の歩行の問題を検討することが重要だ,ということに立脚しています.

こうした臨床領域の方々にはあまり共感を持たれない発想かもしれません.しかしながら,基礎科学の分野に立脚しながらリハビリの問題について考えている私たちの研究室にとっては,こうした発想の研究こそ理想的な研究のスタイルであります.私たちの研究室からもこうした情報を次々と発信していきたいと,大変良い刺激を受けながら論文を読みました.


(メインページへ戻る)