セラピストにむけた情報発信



体幹・頭部の空間定位と頸部の固有受容感覚情報



2011年2月14日

身体運動の実現には,その運動に関わる身体部位の空間的位置を正確に知覚すること(空間定位)が不可欠です.中でも頭部と体幹の空間定位は,多くの動作に関わる重要な問題です.

体幹の空間定位に関して言えば,立位姿勢時は,全身の姿勢の調節により重心を基底面の範囲内でコントロールしますが,主観的には,体幹の軸が前後左右のいずれかに偏ることない位置に保たれることが重要です.

リハビリテーションの現場では,脳卒中片麻痺患者のように,本人はバランス良く感じている姿勢が,実際には患側に大きく傾いているといった状況があります.体幹の空間定位が実体と大きくずれていると,安定したバランスを保てないだけでなく,多くの動作に悪影響を及ぼします.従って,この空間定位をいかにして実体に近づけるのかを考えることは,リハビリテーションにおける重要な問題の1つです.

ところで,頭部が体幹に対してどの程度(左右方向に)回転しているかの知覚には,頸部後方の固有受容感覚情報が関わっています.これは,正面を向いている対象者の頸部後方から振動刺激を与えると,振動刺激側に頭部が回転すると感じる錯覚現象(すなわち,頚部の左側に対する振動は,左方向への頭部の回転方向を知覚させる)により明らかにされています(例えばKarnath et al. 1994).この錯覚は,振動刺激がもたらす近傍水の興奮が,頭部が回転することで生じる筋紡錘の興奮と類似しているためと考えられています.

ただし,「頸部後方に対する振動刺激=頭部の回転の感覚が生起」といったように,刺激と主観的体験が常に一定の対応関係にあるわけではありません.同じ頸部後方に対する振動刺激でも,頭部が体幹に対して動くことがない条件で呈示すれば,参加者は頭部だけでなく,体幹も同様に振動方向に回転したという錯覚を生じます(Ceyte et al. 2006).

このように,ある感覚入力情報がどのような主観的体験を生起させるかは,文脈によって異なります.言い換えれば,身体に対する主観的体験は,様々な感覚入力情報を統合して生起されているといえます(樋口と森岡,2008).従って,身体部位の空間定位に生じたずれを改善するためには,ずれが生じている身体部位に局所的に着目するのではなく,全身の姿勢状況に着目する必要があります.また固有受容感覚のみではなく,視覚や前庭感覚が主観的な感覚の生起に関与していることを念頭において,アプローチを考える必要があると思います.

引用文献

Ceyte H et al. Effects of neck muscles vibration on the perception of the head and trunk midline position. Exp Brain Res 170, 136-140, 2006

樋口貴広・森岡周.身体運動学-知覚・認知からのメッセージ.三輪書店.2008

Karnath HO et al. The interactive contribution of neck muscle proprioception and vestibular stimulation to subjective “straight-ahead” orientation in man. Exp Brain Res 101, 140-146, 1994




(メインページへ戻る)