セラピストにむけた情報発信



痛みの発生機序となる脳内の知覚運動ループの破たん:
住谷昌彦氏の発想その2




2011年1月3日

2011年第1回目の更新です.本年もご支援のほどよろしくお願いします.

本日ご紹介するのは,複合性局所疼痛症候群(CRPS)の患者がもつ運動障害や痛みの問題が,プリズムメガネに対する視覚的順応によって改善されることを解説した論文です.

住谷昌彦,他.神経障害性疼痛の高次認知機能障害と視野偏位プリズム順応療法.Anesthesia 21 century 12, 42-46, 2010.

著者の住谷氏は,様々な痛みの発生要因として,脳内において知覚系と運動系が情報交換をする過程―知覚運動ループ―の異常があると仮定し,その過程に基づく治療法を臨床にて実践しています.知覚運動ループの発想,および幻肢痛に対する実践例については,過去のページをご参照ください

CRPSでは筋委縮や筋力低下など,様々な運動機能障害が発生します.原因として,筋骨格系の異常のような末梢性の問題がある一方,大脳レベルの問題も多数報告されています.CRPSは,中枢と末梢の問題が複合的に寄与して発生している(あるいは発生経路によって種類の異なる複数の疼痛が,CRPSとして総称されている)ことがわかります.

住谷氏がこの論文で報告しているのは,大脳レベルの問題へのアプローチです.知覚運動ループの破たんが運動障害の原因という仮説を実証してきた経緯が,わかりやすく報告されています.

住谷氏はまず,痛みのある患測の腕でポインティング動作をおこなうと,視覚が利用できないときだけエラーが大きくなることを示しました.もし筋骨格系の問題でこうしたエラーが起きるのならば,視覚の有無に関わらずエラーが大きくなるはずです.住谷氏は,視覚の有無によって生じるエラーの違いこそ,脳内において視覚情報と体性感覚情報の統合がうまくいっていないことを示していると主張しました.

この主張が痛みの改善に直接つながる点が,住谷氏の一連の研究の素晴らしさです.

住谷氏の研究は,CRPSという病的な疼痛が視空間認知に悪影響を与えていることを示しています.またその背景には,脳内における視覚運動ループの破たんがあると考えています.住谷氏はここから,「視空間認知の歪みを改善する治療をおこなえば,視覚運動ループの破たんが修復され,結果的に痛みの改善がみられるのではないか」と考えました.

この考え方の妥当性を検討するため,プリズム眼鏡を用いた視覚的順応という方法を用いて,視空間認知の歪みを改善させることに取り組みました.プリズム眼鏡は,プリズムレンズの向きを調整することで,実際にターゲットや手がある位置を上下左右に偏位させることができます.みかけ上偏位したターゲットにうまくポインティングする動作を繰り返すことで,患者が持っていた視空間認知が矯正されるという期待のもと,こうした課題を2週間継続的におこないました.

その結果,確かに患者の視空間認知の歪みが改善されました.また順応課題を2週間おこなった後には,痛みの主観的強度が半分程度に軽減されたことを示しました.

住谷氏の研究は,視覚認知と身体運動の不可分な関係性を示していることや,基礎研究の成果からリハビリテーションにおける実践応用の具体案を提案しているという点で,私にとって研究のよいお手本になっています.こうした研究の発想を歩行の改善において実践することが,私たちの研究室の目標の一つです.

新しい年を始めるにあたり,研究のエネルギーをもらえる良い論文でありました.



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