クロアシアホウドリ飛び立つ準備
2010年度-2012年度

海洋島における外来生物の駆除が生態系の物質循環に与えるインパクト

概要

海洋島では、外来哺乳動物によってその生態系機能が失われてきました。生態系機能の回復を目的とした外来哺乳動物の駆除がこれまで実施されましたが、外来哺乳動物の駆除をするだけでは生態系機能の回復は難しいことが指摘されています。  本研究では、外来哺乳動物駆除の海洋島の生態系機能回復に対する影響の定量化および影響評価と駆除後の生態系変化の予測を行うために、外来哺乳動物のヤギとネズミによって影響を受けた小笠原諸島をモデルとして、野外調査とその解析、生態系モデルによる将来予測のシミュレーションを実施しました。  外来哺乳動物のヤギとネズミをそれぞれに駆除した場合に比べ、ヤギとネズミを同時に駆除した方が植生の回復効果だけでなく、肉食性無脊椎動物や海鳥のバイオマスの回復効果も高いことが明らかになりました。土壌栄養元素量には空間不均質性が存在し、土壌栄養元素量と植物種との関係性が認められました。また、土壌栄養元素量の空間不均質性には、尾根などの地形や傾斜角だけでなく、過去の海鳥の営巣活動も関与することが明らかになりました。このことから、これらの生物的無生物的な環境要因の空間的不均質性を考慮することでより高いモデル予測が可能になることが示唆されました。

背景

海洋島(成立以来一度も大陸と陸続きになったことがない島)である小笠原諸島では、独自性の高い生態系が存在します。近年、人間によって持ち込まれた外来生物によって、島の固有生態系の衰退と生態系機能の低下が起こっています。これを食い止め、衰退した生態系を回復させるために外来生物の駆除が実施されています。しかしながら、外来生物の駆除が必ずしも生態系の回復につながるわけではありません。  侵入した外来生物がその生態系の一部となっている場合があります。そのような状態において、外来生物をその環境から駆除することは、外来生物を含めた生物間相互作用を介した生態系内の物質循環の変化を招き、外来生物駆除後の生態系の回復過程に影響を及ぼす可能性があります。さらに、生態系の回復に予想外の悪影響を与える可能性もあります。例えば、野生化した外来哺乳動物であるヤギ(以下ノヤギ)の採食や踏圧によって植生の退行や土壌流出が起こった場合、ノヤギを駆除しても植生の回復が進まず、植生バイオマスの増加が制限される可能性があります。  小笠原諸島には多くの海鳥が営巣しています。営巣する海鳥は、糞による海からの栄養塩の持ち込みや羽毛に付着した種子の散布、踏み荒らしを行うことによって繁殖地の植生に影響を与えるなど、生態系機能を保つ上で重要な役割を担っていることが知られています。一方、ノヤギやネズミ、ノネコなどの外来哺乳動物は、捕食や踏圧を介して海鳥の営巣を阻害し、海鳥集団を衰退させます。そのため、外来哺乳動物が海鳥の生態系機能を間接的に失わせる可能性があるのです。このようなことから、外来哺乳動物を駆除することによって海鳥の営巣回復とそれに伴う海鳥の生態系機能の回復が期待されています。  海鳥は種によってその生態・形態的特徴が大きく異なりますが、外来哺乳動物もその種によって生態や形態的特徴が異なります。そのため、駆除される外来哺乳動物種によって、営巣を回復する海鳥種は異なると考えられます。回復する海鳥種が異なれば、回復する植生に大きな影響をもたらす可能性があります。しかし、外来哺乳動物の種による海鳥営巣への影響は明らかではなく、海鳥種ごとの植生への影響も不明です。  ノヤギ駆除後の植生バイオマスには、ノヤギ駆除前の植生の状態とノヤギ駆除による海鳥の営巣の回復、土壌栄養元素量だけでなく、地形などの環境要因にも依存していると考えられます。そして、これらの間には直接的な関係だけでなく、間接的な相互作用を含む複雑な関係も関与する可能性があります。  これらの可能性を検証し、外来哺乳動物の駆除が生態系機能に及ぼす影響と駆除による生態系の変化を予測するためには、野外における実測データに基づく解析だけでなく、生態系シミュレーションモデルを構築する必要があります。対象とする生態系の物質循環システムを再現するシミュレーションモデルが構築されれば、修復事業が生態系に与える影響を予測し、評価することが可能になります。

目的

本研究の目的は、外来哺乳動物の駆除が小笠原諸島の生態系機能(植生バイオマス、海鳥の営巣や土壌の化学的特性)に及ぼす影響を定量的に評価し、これらの駆除後の生態系の変化を予測することです。そのために、2つのテーマの研究を実施しました。

(1)野外における実測データに基づく解析
1-1:ノヤギ駆除後の草地植生バイオマスと土壌の化学的特性にノヤギ駆除前の植生状態とノヤギ駆除による海鳥営巣の回復が及ぼす影響
1-2:外来哺乳動物の海鳥営巣への影響と海鳥営巣が土壌栄養元素量と植生に及ぼす効果
1-3:海洋島の土壌および植物に含まれる無機栄養元素の解明
1-4:ノヤギ駆除後の植生回復過程に関する地理情報(GIS)基盤の整備

(2)生態系モデルによる外来哺乳動物駆除後の生態系変化のシミュレーション

【テーマ1】野外における実測データに基づく解析

1-1: ノヤギ駆除後の草地植生バイオマスと土壌の化学的特性にノヤギ駆除前の植生状態とノヤギ駆除による海鳥営巣の回復が及ぼす影響(①&②)

畑 憲治・可知直毅

目的
 ノヤギ駆除後の草地植生のバイオマスと土壌栄養元素量(炭素、窒素、リン)や酸性度が、駆除前のノヤギによる植生退行の有無、地形や植生タイプおよび土壌栄養元素量に影響すると考えられる海鳥の営巣の有無とどのように関係しているのかを明らかにします。

方法
 ノヤギ駆除から約10年経過した小笠原諸島媒島の草地植生において、ランダムに選んだ85地点で地上部植生と土壌をサンプリングし、地上部の乾燥重量、土壌栄養元素量(炭素、窒素、リン)、置換酸度(土壌の酸性度)を測定しました。また、各サンプリング地点では、2つの植生タイプ(コウライシバが優占する植生とスズメノヒエ属が優占する植生)、地形、ノヤギ駆除前の植生の退行の有無、外来哺乳動物の駆除によって回復した海鳥の営巣の有無を調べました。測定した全ての変数の関係を調べるために、変数間の関連の有無や相対的な強さをパス解析によって評価しました。

成果
 草地植生の地上部バイオマスは、土壌栄養元素量と正の相関、置換酸度と負の相関を示しました。また、ノヤギ駆除前に裸地化した場所では、裸地化しなかった場所よりも地上部バイオマスと土壌栄養元素量が小さく、置換酸度が高いことが示されました。土壌栄養元素量は海鳥の営巣が見られた地点で高く、海鳥の営巣はノヤギ駆除後にコウライシバが優占した植生や尾根に偏っていました。
 パス解析の結果、ノヤギ駆除前の植生の退行の有無は、植生バイオマス、土壌炭素含量、窒素含量、置換酸度に直接的かつ間接的に影響しました。また、土壌栄養元素量に対して、海鳥の営巣の有無は直接的に影響し、地形と駆除後の植生タイプは海鳥の営巣を介して間接的に影響しました。
 以上の結果から、ノヤギ駆除後の海洋島の草地生態系のバイオマスや栄養元素の循環は、ノヤギ駆除前の植生の退行とノヤギ駆除後の海鳥営巣の回復や地形との間に存在する複雑な直接的かつ間接的相互作用と関係していることが示唆されました。

図. 変数間の関係. 囲み文字は変数で、矢印の方向は変数の影響の方向性を、太さは影響の強さを示す
変数間の関係

1-2:外来哺乳動物の海鳥営巣への影響と海鳥営巣が土壌栄養元素量と植生に及ぼす効果

川上和人・青山夕貴子

目的
 外来哺乳動物駆除後に回復する海鳥種を予測するために、外来哺乳動物がどのような海鳥に影響を与えるのかを明らかにします。さらに、海鳥集団の回復が植生に及ぼす影響を予測するために、海鳥の付着型種子散布の実態や、踏圧の植生への影響および糞による栄養塩供給が海鳥種によってどのように異なるかを明らかにします。

図. 想定される外来哺乳動物(ノヤギ・ノネコ・ネズミ)、海鳥(アホウドリ・カツオドリ・ミズナギドリ)、土壌、植生の関係
定される外来哺乳動物、海鳥、土壌、植生の関係 方法
 小笠原諸島で繁殖する14種の海鳥を体サイズ、営巣形態および分類群によってグループ化し、それぞれの外来哺乳動物(ヤギ、ネズミ、ネコ)がどのグループの海鳥の繁殖分布域に影響を与えているかについて一般化線形モデルによる解析を行いました。また、海鳥の羽毛への種子の付着が植生に与える影響を評価するため、捕獲調査と植物の分布調査を行いました。海鳥の糞による土壌への栄養塩供給の影響を調べるため、オナガミズナギドリ、カツオドリ、クロアシアホウドリの繁殖地の土壌に含まれる有効態リン酸量を測定しました。さらに、海鳥の踏圧攪乱による植生への影響を調べるため、繁殖地にプラスチック製のカゴを設置し、海鳥が入ることのできない区(排除区)を設けて、1-2年後の排除区と対照区の植生の状況を比較しました。

成果
 外来哺乳動物が海鳥の営巣に及ぼす影響について解析した結果、ヤギは大型と地上営巣の海鳥のグループ、ネズミは小型と地中営巣の海鳥のグループ、ネコはほぼすべての海鳥のグループの繁殖分布に負の影響を与えることが示唆されました。海鳥の付着種子散布についての調査では、15~30%程度の個体に種子の付着が確認され、付着した種子の同定から主要な植物種の分布と海鳥の繁殖分布に相関があることが分かりました。土壌中の有効態リン酸は、オナガミズナギドリとカツオドリの繁殖地では非常に多く含まれていたのに対して、クロアシアホウドリの繁殖地では前述の2種に比べると顕著に低いことが示されました。海鳥排除区の植生バイオマスは、オナガミズナギドリとカツオドリでは対照区より有意に大きくなったのに対し、クロアシアホウドリでは対照区と統計的な違いは認められませんでした。外来哺乳動物の種により、影響を受ける海鳥の種が異なるため、駆除する外来哺乳動物種が異なれば回復する海鳥種も異なることが予想されます。さらに、海鳥が植生や土壌成分に与える影響にも種間差があることがわかりました。小笠原諸島では外来哺乳動物駆除後に海鳥の繁殖分布が広がっており、今回の結果は、それぞれの外来哺乳動物の駆除後の生態系変化を予測することに役立ちます。

図. 外来植物シンクリノイガの果実が羽毛に付着したアナドリ
外来植物シンクリノイガの果実が羽毛に付着したアナドリ

1-3:海洋島の土壌および植物に含まれる無機栄養元素の解明

平舘俊太郎

目的
 動物の活動は土壌の化学的特性に大きな影響を与え、この土壌の化学的特性はそこに生育する植物の種組成やバイオマスに大きな影響を及ぼします。そこで、海鳥の営巣や植物種構成と土壌の化学的特性との関係を明らかにします。また、植物体中の無機栄養元素含量を測定することによって、植物の栄養特性や物質循環の特徴を明らかします。

方法
 小笠原諸島の様々な地点で深さ別に採取した土壌試料について、土壌pH、有効態リン酸、置換酸度、全窒素含量、全炭素含量を測定しました。また、小笠原諸島の父島、母島、兄島、媒島、西島、鳥島から40種の植物の葉をサンプリングし(n = 4~45)、乾燥させた葉の無機栄養元素含量を測定しました。葉の全窒素含量と全炭素含量はNCアナライザーによって測定し、リン(P)、カリウム(K)、カルシウム(Ca)、マグネシウム(Mg)の含量は、硝酸-過酸化水素により湿式分解後、ICP発光分析計により測定しました。

成果
 小笠原諸島の母島では現在、海鳥はほとんど繁殖していませんが、土壌中の有効態リン酸が非常に高い場所がいくつかあることが明らかになりました(図)。これは、過去の海鳥の営巣活動の影響と考えられました。海鳥が繁殖している小笠原諸島の媒島では、主に海鳥の繁殖地付近で母島と同程度の高い有効態リン酸が表層土壌(0~5 cm)において検出されました。また、母島の属島において海鳥の繁殖地の土壌断面を調査したところ、やはり同様の高い有効態リン酸が検出されました。とくに、地中営巣性であるオナガミズナギドリの繁殖地では、20 cmよりも深い土層においても高い有効態リン酸が検出され、また同時に置換酸度も非常に高いことが明らかになりました。以上の結果から、海鳥の営巣活動は、海洋生態系から陸上生態系へのリンや窒素の流入を起こすと考えられ、そのインパクトは非常に大きいことが明らかになりました。  また、小笠原諸島の母島では、土壌中有効態リンが異常に高い地点(> 1,000 mg P2O5 kg-1 dry soil)が点在しており、このような地点には主にシマホルトノキ型高木林が成立していることが明らかになりました。このことから、海鳥がもたらす富栄養的な環境おいてはシマホルトノキ型高木林が出現しやすい可能性が示唆されました。  小笠原諸島に生育する植物の葉に含まれる無機栄養元素含量を調べたところ、植物種ごとの葉内の平均Mg含量は0.14~1.26%の範囲内にあり、なかには平均的な植物体Mg含量(0.2%)の6倍以上となる非常に高い値を持つ植物種もあることが明らかになりました。これは、小笠原諸島の特徴である高Mg含量の地質に由来するものと考えられました。K、Ca、Mgは、植物体内においてお互いに拮抗的に作用すると考えられていますが、MgのみならずCaおよびK含量も高い種が存在しました。これらの植物はMgとともにCaおよびKの体内濃度を高く保つことによって、Ca/Mg比およびMg/K比を適正範囲に保っている可能性が考えられました。また、葉内のMg含量が高いにもかかわらず、CaおよびK含量が高まらない植物も存在しました。このことは、Mg過剰症の発現を防ぐ何らかのメカニズムを植物体内において持っている可能性を示唆しています。一方、葉内の窒素およびリン含量は、多くが低含量タイプか普通タイプであったことから、植物種の多くは窒素およびリンに関しては貧栄養的な環境に適応しているものと考えられました。以上のことから、高Mg含量の地質の小笠原諸島に生育する植物種は、高Mg環境に適応した特徴を持つと考えられました。

図. 小笠原諸島の父島および母島における土壌断面の化学的特性
小笠原諸島の父島および母島における土壌断面の化学的特性

1-4:ノヤギ駆除後の植生回復過程に関する地理情報(GIS)基盤の整備

郡 麻里・可知直毅

目的
 外来哺乳動物のノヤギによる地表撹乱(踏み荒らしや食害)とその駆除が植生の衰退、定着、回復の過程に及ぼす影響を検討するために、植生の変遷を立地の撹乱履歴、地形、現在の土壌の化学的特性、海鳥の営巣の有無といった詳細な地理情報との関係に基づいて把握します。これらのデータをもとに植生回復力の高い条件を明らかにし、島内の植生回復力の高い領域を推定するための基礎情報を得ます。

方法
 ノヤギ駆除前、駆除中、駆除後および近年に撮影された空中写真を幾何補正(オルソ化)し、地理情報システム(ArcGIS 9.3)上で土地被覆を定量的に判読しました。次に、現在どのような土壌の化学的特性(全窒素、全炭素および有効態リン酸の含量)の場所にどのような植生が分布しているかを把握するために、植生の種組成、バイオマスおよび海鳥の営巣痕跡を25 mグリッド上の地点とそれ以外にランダムに抽出した地点で調べました(図)。収集した上記の地点情報をGPS座標で対応させ、時間的空間的に整合性のあるデータベースをGIS上に構築しました。さらに、砂防用の詳細な地形情報(東京都、2009)を活用し、微地形の特徴が植生の変遷にどのように影響しているかを整理しました。

成果
 植生回復については、ノヤギ駆除後4年間には草地面積が若干増加しましたが、その後の増加はあまり見られませんでした。一方、裸地の位置やその面積には変化が見られませんでした。土壌栄養塩量と全炭素含量には空間的なばらつきが見られ、それに応じて植生の種組成が異なっていました。土壌栄養塩量と全炭素含量のばらつきには、尾根などの地形や傾斜角、海からの距離に応じた過去の海鳥の営巣の有無との関係が認められました。ノヤギにより裸地化した急傾斜地では、表層土壌の垂直方向の深掘れにより、栄養塩量にかかわらず植生の定着が困難であることが示唆されました。このような現地調査情報および複雑な地形情報を時間的空間的に統合し、さらに物質循環と関連づけて把握することは、植生回復に重要な条件の推定を可能にし、今後の生態系回復計画に有益な情報を提供します。

図. 媒島の調査地点の優占植物種と地表面の状態.
シンボルは優占植物種を、オレンジの方形区は裸地化が進行する区画を示す(航空写真2009年撮影)

図. 媒島の調査地点の優占植物種と地表面の状態

【テーマ2】生態系モデルによる外来哺乳動物駆除後の生態系変化のシミュレーション

生態系モデルによる生態系変化のシミュレーション

吉田勝彦

目的
 外来哺乳動物による攪乱を受けた小笠原諸島媒島の生態系の物質循環を再現する数理モデルを構築します。そのモデルを用いて外来哺乳動物のヤギとネズミを駆除するコンピュータシミュレーションを行い、駆除後の生態系の変化を解析します。

方法
 島の生態系の物質循環を再現する数理モデルでは、以下の要因を想定して構築しました。まず、生態系で必要な栄養塩は海鳥が海で魚を食べ、島内で糞をしたり死んだりすることによってもたらされます。糞は一定期間を経て分解され、植物が利用可能な栄養塩になって地中のリザーバーに格納されます。植物はそれぞれが必要な分量の栄養塩を吸収して生長します。植物は草本と木本に分けられ、似た性質を持つ植物同士は競争します。草本植物の方が木本植物よりも成長が早いのですが、草本植物は木本植物よりも背が低く、木本植物との競争に勝てないとします。植物は草食性の動物に被食されます。草食性の動物はさらに肉食性の動物に捕食されます。これらの過程で生じる動物の糞と遺骸、リターをデトリタスと言います。デトリタスの一部はデトリタス食の動物に利用されます。動物に利用されなかったデトリタスは一定期間を経て分解され、再び植物が利用可能な栄養塩に戻ります。
 本研究の生態系モデルは、植物(草本、木本)、昆虫などの無脊椎動物(草食、肉食、デトリタス食(糞食、腐肉食、リター食)、海鳥(森林営巣性、草原営巣性)、ヤギ、ネズミで構成されます。また本研究のモデルでは捕食―被食関係、競争(植物同士、海鳥同士、ヤギによる海鳥の営巣妨害、ヤギや海鳥による植物の踏み荒らし)、動植物の成長、デトリタスの分解という4つのプロセスを導入しました。
 このモデルを用いて再現した媒島の生態系から、外来哺乳動物のヤギとネズミを駆除するシミュレーションを行いました。駆除は1万日目から始めました。ヤギだけを駆除した場合、ネズミだけを駆除した場合、ヤギとネズミを同時に駆除した場合のそれぞれについてシミュレーションを200回繰り返し、駆除を開始してから1万日後の状態を解析しました。

成果
 ヤギがいる状態の媒島の植生比は森林12.1%、草原64.5%、裸地23.9%であることがHata et al. (2007) より報告されています。シミュレーションの結果、本研究の生態系モデルはこの植生比をよく再現できました(森林5.35% ± 2.64%、草原61.7% ± 18.5%、裸地32.9% ± 18.9%、平均値 ± 標準偏差)。図1は外来哺乳動物のヤギ、ネズミ駆除前と駆除後の比較を表しています(それぞれのパラメータの駆除後の値を駆除前の値で割った値を示す)。ネズミだけを駆除した場合、肉食性無脊椎動物のバイオマス以外、ほとんど回復効果は見られませんでした。ヤギだけを駆除した場合、地中の栄養塩量だけでなく、植生が回復して裸地がなくなり、海鳥の生物量も大きく増加しました。しかし、ネズミの生物量が大幅に増加し、草本植物の約65%、無脊椎動物の約20%が絶滅しました。ヤギとネズミを同時に駆除した場合、多くのパラメータについて大幅な回復効果が見られました。この結果はヤギとネズミは同時に駆除することが望ましいことを示しています。しかし、草食性無脊椎動物の種数が約20%、草本植物の種数が約35%減少しました。

図1. 外来哺乳動物駆除前後の生態系の変化
図1. 外来哺乳動物駆除前後の生態系の変化

 図2は駆除後の植生比を表しています。ヤギだけを駆除すると、植生は大幅に改善し、裸地は消滅し、全島ほぼ森林化しました。ネズミだけを駆除した場合は草原が大きく優占する状態になりました。また、植生の回復効果はそれほど大きくはなく、15%程度の裸地が残りました。ヤギとネズミを同時に駆除した場合、裸地はほとんど消滅し、草原と森林が平均的にはそれぞれ50%ずつを占めました。しかし、ヤギ、ネズミをそれぞれ個別に駆除した場合と比較して標準偏差が極端に大きくなりました。ヤギとネズミを同時に駆除した場合を解析した結果、200回のシミュレーションのうち、86回は全島ほぼ森林化し、81回は全島ほぼ草原化しました。つまり、ヤギとネズミを同時に駆除した後の生態系は双安定な状態にあり、全島森林化するか草原化するか、どちらか両極端の結果になりやすいことをこの結果は示しています。ヤギとネズミは同時に駆除することが望ましいのですが、駆除するだけではなく、駆除後もモニタリングを継続し、順応的な管理を行っていくことが生態系回復のために必要であることを本研究の結果は示しています。

図2. 外来哺乳動物駆除後の植生比. 図の右側の数字は 各条件での植生比を示す(平均値 ± 標準偏差).
駆除前の値はHata et al.(2007) のデータに基づく
図1. 外来哺乳動物駆除前後の生態系の変化 文献
Hata, K., Suzuki, J-I. & Kachi, N. (2007) Effects of an alien shrub species, Leucaena leucocephala, on establishment of native mid-successional tree species after disturbance in the national park in the Chichijima island, a subtropical oceanic island. Tropics 16: 283-290.