カツオドリ飛翔
2013年度-2018年度

新・小笠原生態系循環プロジェクトとは

外来生物駆除後の海洋島の生態系変化:環境不均質性を考慮した管理シナリオの提案

新・循環プロジェクトでは、外来生物の駆除が生態系内の物質の収支と循環にどのような影響を及ぼすかを明らかにし、外来生物駆除後の生態系の機能を含めた管理シナリオを提案します。新プロジェクトの実施にあたっては、過去のプロジェクトにより得られた研究成果を踏まえて、空間構造(植生の種構成、海からの距離、傾斜、地表面の状態)を含む環境不均質性を考慮にいれます。
 この目的を達成するために、1. 実測データに基づく生態系変化の定量的評価と、2. 空間構造を反映した生態系モデルの構築および将来予測を実施し、これらの研究結果をもとに、3. 総合評価を行います。

  1. 実測データに基づく生態系変化の定量的評価

    外来動物であるノヤギとクマネズミを駆除した小笠原諸島において、海鳥の営巣、土壌流出の程度、一次生産量(植生のバイオマス)、土壌の栄養元素含量などを実測し、空間構造との関係を調べます。また、植生構成種となっている植物については、土壌環境に対する生育適性を解明する目的で栽培実験を実施します。

  2. 空間構造を反映した生態系モデルの構築と将来予測

    1の実測データに基づいて、空間構造を反映した生態系内の生物間相互作用および物質循環を記述するモデルを構築します。さらにこのモデルから、外来哺乳動物の駆除が生態系の回復過程や生態系機能に与える影響を予測します。

  3. 総合評価

    1と2で得られた結果から、外来動物駆除が生態系機能に与える影響について総合的に評価し、外来哺乳動物駆除後の生態系の適切な管理シナリオを策定します。

(1) 実測データに基づく生態系変化の定量的評価

(1) 海鳥と外来哺乳動物が一次生産(植生のバイオマス)に及ぼす影響

① クマネズミ・ノヤギの駆除を介した海鳥の影響

川上和人

クマネズミの捕食とノヤギによる攪乱は、海鳥個体数の著しい減少を引き起こしました。クマネズミ・ノヤギの駆除後、さまざまな場所で海鳥の営巣の回復が確認されています(図1)。これまでの研究で、駆除後の海鳥の営巣の回復によって引き起こされる物理的攪乱と海鳥の排泄物の有無が、外来哺乳動物駆除後の草地生態系の一次生産(植生のバイオマス)と土壌中の栄養元素量に影響を及ぼしていることが明らかになりました。
本研究では、土壌の栄養元素量に対する海鳥の影響の種間差について、空間構造を考慮して評価します。具体的には、海鳥が潜在的に影響を及ぼす範囲を予測するために、小笠原諸島に生息する複数種(カツオドリ、クロアシアホウドリ、オナガミズナギドリ、アナドリなど)の海鳥の糞の成分、営巣地での糞の分布様式、繁殖地選好性(海からの距離、傾斜、地表面の状態)、食性を種間で比較します。 さらに、海鳥の営巣の回復が無脊椎動物相に与える影響を評価するために、各種海鳥の巣にいる無脊椎動物の種構成を調査すると共に、巣内環境状態(温度、湿度変化)を定量化します。

図1. 小笠原諸島を代表する海鳥であるカツオドリの巣(周囲には多数の白い糞が放射状に散乱する)
小笠原諸島を代表する海鳥であるカツオドリの巣

② ノヤギの影響

畑 憲治・可知直毅

小笠原諸島では、ノヤギの攪乱による植生後退によって、土壌の流出が引き起こされています。この土壌流出が一次生産(植生のバイオマス)に及ぼす影響を局所環境の空間構造を考慮して明らかにします。
小笠原諸島媒島の土壌流出程度の異なる場所にトランセクトを設置し、1~2m間隔で、地上部と地下部バイオマス、土壌の物理的化学的特性、土壌流出程度を測定し、これら要因間の関係について空間自己相関を考慮した解析を行います。
また、植物成長の制限要因となる栄養元素やpHなど土壌の化学的特性を特定するために、設置したトランセクトにおいて土壌を採取し、特定の栄養元素(窒素、リンなど)を添加した土壌で複数の植物種を栽培して、植物個体の収量を比較します。

(2) 海鳥の排泄物、植物体、土壌試料の化学分析

平舘俊太郎

海鳥は、排泄物を介して、植物栄養元素を海洋生態系から陸域生態系に持ち込みます。この課題では、化学分析によりこの排泄物中に含まれる栄養元素(主としてNおよびP)の量を明らかにします。また、核磁気共鳴装置(図2)を利用することにより、この排泄物の化学形態を明らかにします。これらの研究成果は、上記研究課題1-(1)-①にフィードバックします。また、土壌の化学分析(土壌pH、有効態リン酸、塩類濃度、全炭素、全窒素など)を実施し、上記研究課題1-(1)-②にフィードバックします。
本研究課題では、小笠原諸島・媒島に生育する植物を対象として、植物体内に含まれる植物栄養元素を化学分析することによって、植物栄養学的特性を種ごとに調査します。また、媒島における土壌特性と地形との関係も調査します。

図2. 海鳥の排泄物に含まれる炭素やリンの化学形態を分析する固体核磁気共鳴装置
化学形態を分析する固体核磁気共鳴装置

図3. 小笠原諸島・媒島の森林植生下で観察される土壌断面(黄色バーの長さは10cm)
土壌断面

(3) GISによる空間構造を考慮した解析

大澤剛士

土壌採取地点の位置情報を含むGIS(Geographic Information System:地理情報システム)に基づいて、草地植生のバイオマス、土壌栄養元素量、海鳥の営巣状況、土壌流出の程度を調べ、これらの要因間の関係を空間構造(植生の種構成、海からの距離、傾斜、地表面の状態)を考慮して明らかにします。

図4. 航空写真や地形データ等を利用した外来生物の潜在的な分布予測
外来生物の潜在的な分布予測

(2)空間構造を反映した生態系モデルの構築と将来予測

空間構造を反映した生態系モデルの構築と将来予測

吉田勝彦

過去3年間で構築した生態系モデルを基盤にして、島中の環境不均質性を再現する空間構造を導入した生態系モデルを構築します。海からの距離、傾斜、地表面の状態などの環境条件を変えた区画を複数個つなぎ、それぞれの区画の中で物質循環を計算します。生物はそれぞれの好む環境の区画に分布し、それぞれの区画間での移動や分散も行います。このモデルを利用して、外来哺乳動物を駆除するシミュレーションを行います。そして駆除後に、地形や海からの距離などの環境条件の違いに応じて、生態系の回復過程、生態系機能の変化を細かい空間スケールで予測します。

図5. 空間構造を導入した生態系モデルの概念図
(その場所に適した生物相が発達するモデルを作り、細かい空間スケールで外来生物駆除後の変化を詳細に予測する)
生態系モデルの概念図