カツオドリ飛翔
2010年度-2012年度

小笠原生態系循環プロジェクトとは

本プロジェクトには、野外における定量化(テーマ 1)とモデルの構築と詳細予測(テーマ 2)、という2つのテーマがあります。
 テーマ 1は、3つのサブテーマ(1-1、1-2、1-3)があり、野外調査を実施します。テーマ 2では、野外における実測値を仮想モデルに組み込み、より現実的なモデルを構築します。さらに、このモデルが現実を反映しているかを野外で検証し、駆除後の将来予測をします。以上内容を総括し、外来生物の駆除の影響と外来生物の駆除後のシナリオを評価します。
 以下に、それぞれのテーマおよびサブテーマについて紹介します。

【テーマ 1】 野外における実測データに基づく解析

1-1:
① ヤギの駆除が植生回復に与える影響の解明

畑 憲治・可知直毅

野生化したヤギ(ノヤギ)は、その食害、踏圧によって植生を破壊しました。そのため、多くの島においてノヤギの駆除が実施されました。ノヤギを駆除した後の植生の回復の程度は、駆除前に受けた攪乱の程度、地形、海鳥の営巣状況などに依存することが予想されます。そこで、このサブテーマでは、ノヤギ駆除後の草本植生の地上部と土壌に含まれる窒素、リンの量と、草本植生の種構成、駆除前の状態(森林、草地、裸地など)、海鳥の巣や糞の有無との関係を局所的な空間スケールにおいて明らかにします。

ノヤギによって裸地に変化
ノヤギによって裸地に変化

② 外来植物の駆除が物質の循環に与える影響の解明

畑 憲治・可知直毅

窒素固定植物であるモクマオウやギンネムは、リターフォールを介して、窒素を土壌へ供給している可能性があります。そのため、これらの駆除は、リターフォールを消失させ、リターを介した物質、特に窒素の供給量を減少させることが予想される。また、これらの駆除は、林冠の開放やリターの堆積量の減少など林床や土壌の環境も変化させる可能性があります。このサブテーマでは、外来植物の駆除が、生態系全体での物質の循環量及び速度をどう変化させるかを明らかにします。

薬剤処理後に枯れたモクマオウ
物質循環関係図

1-2:海鳥の繁殖地の回復が植生に与える影響の解明

川上和人・青山夕貴子

外来哺乳類であるクマネズミはヒナや卵などの捕食によって、ノヤギは環境改変や繁殖地の踏み荒らしによって、海鳥の分布に影響を与えます。海鳥は、糞等による海からの栄養の持ち込みや、踏圧により、植生に影響を与えます。海鳥は、集団繁殖地をつくり高密度で営巣するため、時には植生に大きな影響を与えます。外来哺乳類の駆除により、海鳥繁殖地の回復が期待されますが、そのことは、海鳥による植生への影響も生じさせます。また、海鳥の影響は、地上営巣のものや地中営巣のものなど、種によって異なります。そこで、まずこの研究では、どの種の外来哺乳類が、どの海鳥に影響を与えるのかをあきらかにします。そして、海鳥の踏圧や、栄養供給により、植生がどのような影響を受けるかを評価します。

オナガミズナギドリ営巣地
オナガミズナギドリ営巣地

オカツオドリの糞
カツオドリの糞

1-3:海洋島の土壌および植物に含まれる無機栄養元素の解明

平舘俊太郎

生物の活動は無機栄養元素含量など土壌特性に大きな影響を与え、この土壌特性はそこに生育する植物の種組成や生育量に大きな影響を及ぼします。また、これら植物相は、そこに棲息する動物相に大きな影響を及ぼします。このサブテーマでは、外来生物の影響の程度に応じて変化する土壌および植物体中の無機栄養元素含量を明らかにします。無機栄養元素としては主に窒素(N)とリン(P)を取りあげますが、その他にもカリ(K)、カルシウム(Ca)、マグネシウム(Mg)、鉄(Fe)等の元素も調べます。また、海鳥が営巣している地域の土壌を調査し、海鳥の活動が土壌特性や土壌断面形成に及ぼす影響を明らかにします。

小笠原の土壌断面
小笠原の土壌断面

1-4:野外定量評価のためのGIS基盤整備

郡 麻里・可知直毅

外来生物の駆除やその後の海鳥の再定着といった生物学的な撹乱イベントは、その後の生態系の変遷パターンに大きく影響してくると予想されます。過去のイベントがどのような方向に影響してゆくのかを時間的・空間的(実際の面的)に明らかにするためには、空中写真・地形情報・植生調査データといった既存情報から過去の自然撹乱、植生や土地利用の履歴を読み取り定量化する方法があります。さらに地理情報システム(GIS)を用いてこれらの情報に位置情報を持たせ、データベース化し、基盤情報を整備することにより、履歴の異なる地点で現地調査を実施し採取した「現在」の土壌や植物の栄養塩・バイオマスのデータを空間的に重ね合わせることにより、土壌や植生の組成の変遷パターンを空間的に面的に把握できるようになります。このような「過去を反映させた」定量的な解析を行うことで、ノヤギが駆除された媒島においては、赤土の流出の影響、植生が回復した場合の海鳥の営巣が地表植生に与える影響などについて解明し、西島においては植生の変遷を予測するための変遷パターンのシナリオを構築します。

GIS作業画面
GIS作業画面

【テーマ 2】生態系モデルによる外来哺乳動物駆除後の生態系変化のシミュレーション

海洋島の生態系モデルの開発

吉田勝彦

小笠原諸島ですでに大繁殖してしまった外来生物を駆除することは、それぞれの島の生態系での物質の循環に大きな影響を与えることになると考えられます。そのため、外来生物を駆除しても 元通りの生態系が回復するかどうかわかりませんし、もしかしたら、守るべき小笠原諸島に元々住んでいた生き物に悪影響が出るかもしれません。もし、外来生物を駆除した場合に何が起こるのかが事前にある程度でもわかれば、外来生物の駆除事業も進めやすくなります。そこで、小笠原諸島の各島の生態系を再現するシミュレーションモデルを開発し、外来生物を駆除するコンピュータシミュレーションを行い、外来生物の駆除によって、どのようなことが起こるのか、生態系を元通りにするために、また、小笠原諸島に元々住んでいた生き物になるべく影響が出ないような駆除方法がないかなどを明らかにします。

モデルの開発中の画面
モデルの開発中の画面