高校生にモース理論を語ってみた

モース理論とは図形や空間の形を調べたり、はたまた微分方程式の解の存在を調べたりするときに用いる、現代数学において基本的かつ重要な理論です。ここでは高校生や非専門家向けにモース理論の解説をしてみたいと思います。

§1 関数を用いて図形の形を調べるモース理論

§1.1 増減表からグラフを書く

高校で微分積分を習った人なら増減表を用いて関数のグラフを書く方法を知っていると思います。その手順はまず関数の微分がゼロになる点を求め、次にその関数の微分がゼロになる点の前後で微分の符号がどのように変化するのかを調べることにより、関数の極大と極小をとらえグラフのおおよその形を書くというものです。この素朴な方法はもっと一般化された図形や空間の形を調べるときにも有効で「モース理論」とよばれています。

§1.2 モース理論

関数の微分がゼロになる点を臨界点と呼びます。臨界点は関数のグラフや図形の情報を非常に多く含んでいます。例えば3次元ユークリッド空間内の原点を中心とする球面を考え、その球面上の各点に対してz座標を対応させるという関数を考えます。この場合の臨界点は接平面が水平になる点になります。そしてその様な接平面を与える点は北極と南極の2点のみであることがわかります。また逆にモース理論によれば、接平面が水平になる点が2つしかない関数を持つ閉曲面(球面や浮き輪のように境界を持たない曲面)は球面だけであるということがわかります。このように関数の臨界点をとらえることにより図形の形を知ることが出来ます。

§1.3 臨界点の個数を数える

ここまでの議論で、図形の形を知る上で臨界点の個数が重要であることがわかってきました。 一方で、臨界点の個数は他の分野に現れる様々な数と深く関わっています。その一つが「オイラー数」です。オイラー数とは球面や浮き輪などの閉曲面上に地図のように描かれた模様の組み合わせ的なデータから定まる整数です。球面のオイラー数は2で、これは先に述べた原点を中心とする球面上の各点にz座標を対応させる関数の臨界点が北極と南極の2つだったことと一致します。また原点を中心とする球面をz軸を軸にしてクルクルと回転させたときに動かない点(不動点)が北極と南極の2つであることとも一致します。

§2 数学のあらゆるところに現れるモース理論

§2.1 臨界点という視点

17世紀後半、ニュートンは微分積分とともにいわゆる「ニュートン力学」を発明しました。これは運動する物体の位置を時間パラメーターの関数と見なすことにより運動の法則を微分方程式で表すというものです。やがてニュートン力学は解析学の発展とともに「解析力学」へと進化します。解析力学で重要となるのは「物理の系は『エネルギー』を極小にする状態に落ち着く」という考え方です。関数の値が極小となる点では微分が0となり臨界点であることに注意しましょう。解析力学におけるエネルギーの臨界点を与える方程式をオイラー・ラグランジュ方程式とよび、微分方程式をこのような視点から研究する方法を「変分法」とよびます。

§2.2 臨界点を探す

「オイラー・ラグランジュ方程式を解く=エネルギーの臨界点を探す」という図式が得られたわけですが、では一体どのようにして臨界点を探せば良いのでしょうか? もっとも基本的なアイデアは「エネルギーが最小となる点を探す」というものです。次に基本的なアイデアは「エネルギーの峠を探す」というものです。峠とは二つの山の間の谷間の底の点のことで、標高は最大でも最小でもありませんが臨界点になっています。これらのアイデアは非常に素朴ですがとても重要で、変分法にとって臨界点を探すための中心的なアイデアとなっています。またある種のオイラー数を求めることにより臨界点の存在を示す方法も研究されており、それらの背後にはまさにモース理論がひそんでいます。

§2.3 数学はつながっている

これまで見てきたようにオイラー・ラグランジュ方程式という物理学と解析学で扱う微分方程式の研究には、モース理論という図形や空間の形を扱うための幾何学の理論が現れます。このように数学の研究において一見異なる様々な理論が実はその背後でお互いに深く関わり合っているという現象がしばしば起こります。これは大変不思議で興味深い現象です。

§3 高校生・受験生の皆さんへのメッセージ

数学はとても論理的で厳密な学問です。しかしそれは決して堅苦しさや不自由さを意味するものではありません。むしろ論理的でさえあれば、あとは自由な発想のもと広大で豊かな世界が広がっています。様々な現象をじっくり観察して、その背景にひそむ数学的な仕組みを理解し解明することは、とても楽しくて魅力的な作業です。そして問題の答えを一生懸命自分の頭で考えて正解に到達したときの達成感は、きっと人生における素晴らしい体験になると思います。高校生や受験生のみなさんには是非数学を楽しみながら勉強を頑張って欲しいと思います。

参考文献

赤穂まなぶ「変分法とモース理論」数学セミナー2016年1月号 特集いまこそ学ぼう変分法
松本幸夫「Morse理論の基礎」岩波書店
横田一郎「多様体とモース理論」現代数学社

赤穂まなぶ
東京都立大学