東京都立大学哲学会


発刊に際して

桝田啓三郎


 わたくしたちの哲学科は,わたくしたちの大学の創立と同時に,つまり昭和24年に設立され,今年で満10年の歴史を経過したことになる。その間に,昭和28年には大学院修士課程が,同30年には博士課程が設置せられて,制度の上では一応完全なものとなり,そして本年3月には博士課程第1回の卒業生を送り出すことができた。このような歴史のなかから,昨年12月,わたくしたちの哲学科で学ぶ者を中心に都立大学哲学会が結成され,その事業の一つとして機関誌を発行することになり,いまここにその第1号を送り出すことになったのである。

 すべてこの種の機関誌がそうであるように,わたくしたちの『哲学誌』も,その内容は研究の報告を主とするものであって,とくにこれという特色をもってはいないであろうし,また,創立後まだ日の浅いわたくしたちの哲学科には,もちろん誇示すべき伝統もない。しかし号を重ねていくうちに,だんだんとどこか他と異なる特色ある学風が発揮され,伝統がきずかれていくであろうことをわたくしは期待し,かつ信じている。

 わたくしの聞き誤りでなければ,昨秋わが国を訪れたガブリエル・マルセルはこう語っていた。フランスのある大学に招かれたハイデガーは,聴衆の期待に反して,彼自身の思想を述べる代りに,へ一ゲルの論理学のある一節を解釈して講演を終った。なぜ自分の考えだけを述べなかったのか,という質間に答えて,今日では過去の偉大な哲学者を解釈することを通してでなければ哲学することができない,という意味のことをハイデガーは答えたのであった。

 ここに集められた論文はいずれもそれぞれ専門的な哲学史的研究である。しかし執筆者はその歴史的研究を通してめいめいの間題を提起し,これに答えながら自己を主張している筈である。そういう主張や意見の卒直な発表の場,そのような発表の相互理解を通じて真理探求のためのコミュニケイションの場となること,『哲学誌』はそのような役目を果したいと願っている。