有機構造生物化学研究室

 生体高分子(蛋白質や核酸など)が生物機能を発現する分子機構は,これらの分子の高次構造と密接な関連がある.生体高分子の立体構造を高分解能で得る手段としてはX線結晶解析法と核磁気共鳴(NMR)法が知られているが,NMRによって得られる溶液中の構造情報,特に運動性や構造多形性などの性質は,詳細な分子機能の理解のために非常に重要であることが多い.一方で方法論的な制約から,NMRを用いた詳細な解析が可能な生体高分子の分子量には上限があり,例えば分子量50Kを超えるような高分子量蛋白質や蛋白質複合体の解析を行うためには,さらなる方法論的な研究を行っていく必要がある.多くの蛋白質が他の蛋白質や核酸などと相互作用し,言わば「超分子複合体」を形成して機能を発揮していることを考えると,高分子量蛋白質や蛋白質複合体に適用可能なNMR測定法を確立することは非常に重要であるといえよう.また,細胞膜上という疎水的環境と親水的環境が隣り合う場所で機能しているいわゆる「膜蛋白質」の解析についても,NMR法にはいっそうの手法的改良が希求されている.当研究室ではこれらの溶液NMR法のフロンティア領域に挑戦し,21世紀の生命科学研究,環境研究,あるいは高分子化合物の物性研究に貢献できる研究を進めていく.

 当研究室ではまた,生きた細胞や生物個体の中での蛋白質や核酸などの分子動態を直接観測するための研究も行っている.NMR法は,生体に対する非侵襲性が高く,不透明な試料の内部についても観測可能であることから,このような「生体高分子試料のその場解析」に適している.従来は単離・精製した試料に用いられてきたNMRを生きている細胞に適用する方法(In-Cell NMR法)に注目し,生細胞中の蛋白質の立体構造とその変化,翻訳後修飾,相互作用などの直接観測法の確立を目指し研究を行っている.

以下に主な研究テーマを記す.

(1)NMRを用いた高分子量蛋白質,蛋白質複合体の解析法の研究

高分子量蛋白質のNMR解析の際には,回転相関時間の増大に伴うシグナル強度の低下と,シグナルのオーバーラップの問題を解決する必要がある.近年の方法論的な進歩によって10年前は20kDa程度であったNMRの「分子量の壁」が,現在では50kDa程度まで引き上げられつつある.当研究室では,さらに高分子量の蛋白質,蛋白質複合体のNMRによる詳細な解析を目指して,@蛋白質の選択的安定同位体標識法の研究,ANMR測定法の研究,Bデータ解析法や高次構造計算法の研究の2つの視点から,高分子量蛋白質のNMRが抱えている問題を総合的に解決することに取り組んでいる.

(2)NMRを用いた膜蛋白質の解析法の研究

細胞は細胞膜を通して非常に洗練された物質と情報のやりとりを行っている.細胞膜上に存在する多数の「膜蛋白質」がこの機能を担っているが,構造生物学的アプローチからの解析は未だ十分とは言えない.当研究室では,ミトコンドリア膜を通じた鉄関連物質の輸送に関与しているABC輸送体膜蛋白質に注目し解析を行っている.主として生物工学的,蛋白質化学的なアプローチと,NMRの方法論的なアプローチから,ABC輸送体の分子機能発現のメカニズムに迫る.

(3)In-Cell NMRを用いた蛋白質の細胞内動態の解析

In-Cell NMR
法には,@生細胞におけるターゲット蛋白質の特異的発現誘導と安定同位体標識,ANMR測定の感度増大の2つの要素技術の確立が必須である.当研究室では,既に生きた大腸菌中のカルモジュリン蛋白質の詳細なNMR解析に成功しているが,今後はさらにこの手法を高度化することで,様々な蛋白質に普遍的に適用可能な「in vivo構造生物学」とでも言うべき新しい学問分野の開拓を目指す.

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