当研究室では、原子核/ハドロン物理学と極低温原子気体を中心として、広い範囲の量子力学的多体系の 物理学に関連する分野で理論的研究を行なっている

[1] 量子多体系としての原子核の構造の研究
 原子核はまず核子(陽子・中性子)の多体系として観測されるが、核子数や 励起 エネルギーの変化に伴ってその性質は著しく変化する。原子核の励起には、 密度やスピンの振動など各種音波や 回転運動など古典的にも解釈可能な現象が みられるが、これらは量子多体系のコヒーレントな運動である。この ような原子核の 静的構造や動的性質を、核力の働くフェルミ粒子系の多体問題として研究している。 とくに核子 スピンに関る現象は原子核内での中間子の役割とも関連しており、 重要な研究対象である。また、原子核の励起 スペクトルの統計的ふるまいは 量子的カオス現象の典型例であることが知られており、これを手がかりに 非線形 力学系としての原子核の研究も進めている。

[2] ハドロンの構造、ハドロン/クォーク系としての原子核の研究
 核子を含むハドロンの性質、及びハドロン系としての原子核の性質を、 クォーク・ グルーオン自由度に基づく強い相互作用の理論(QCD)を出発点として 探っている。とくに、初期宇宙や高エ ネルギー重イオン反応で生成されると期待される 高温・高密度の極限状態の研究は興味深い。クォークのカラー 自由度に関連した 超伝導状態の発現や、カイラル相転移に伴う新たな物質相、中性子星などで予想される K/π 中間子凝縮相の研究などを行なっている。また、高エネルギー散乱で得られる ハドロン中のクォーク分布の摂動 論的QCDの枠組みにおける研究、原子核自体の クォーク分布の研究も行なっている。後者は原子核の内部にお けるハドロンの構造変化の 研究にも結びついている。

[3] 多様な原子核反応機構の研究とその応用
 これらの研究を行なう実験的手段としては、電子・核子の散乱や原子核同士の衝突、 中間子の生成・消滅反応など様々な核反応を用いる。これらの反応過程の運動学や 反応機構の研究は、量子力学的 多体系の多様な現象を含んでおり、原子核の構造の研究と 不可分のものである。核子や軽い原子核を用いた超低エ ネルギーから高エネルギーに至る 反応機構の研究とともに、高エネルギーハドロン反応のスピン観測量にかかわる 物理の研究を行なっている。

[4] 極低温原子気体の静的・動的性質の研究
20世紀の終わりに近くなって有限な量子多体系の研究に新たな流れが加わった。磁気 を利用したポテンシャルに原子気体をトラップして極低温に冷やすことにより、ボース・アインシュタイン凝縮 を実現したのを始めとして、21世紀に入っては長年の課題であった超伝導(超流動)系のBCS/BECクロスオーバー 現象を実現するなど、画期的な発見が続いている。とくに重要なのは原子間共鳴を外部磁場によってコントロール することにより、原子間の相互作用を自在に操る実験技術が確立されたことである。これによって、完全な理想気体 から強相関多体系までをこの原子気体系で実現することができ、原子核・ハドロンから物性物理にいたる多体系にも 大きく寄与する道が開かれた。本研究課題については、ボース・フェルミ混合原子気体の静的・動的性質、安定性、 分子形成、超流動、相変化などさまざまな現象を、原子核・ハドロン物理で培った手法を発展させて研究している。

[5] 有限量子系の多様な動的現象の研究
 多体系としての原子核の重要な特徴は、相互作用の多様性とともにその有限性にある。 最近の物理学の発展により、マイクロクラスターや量子ドットなど新たな有限量子系が いろいろ見いだされてきた。 これらはエネルギーやサイズなどの大きい違いにも係わらず、 有限量子多体系として原子核と多くの共通点を持って いる。このような視点から、さまざまな有限量子系に共通な動的性質の理論的模型を構築して、その特徴を調べて いる。

 原子核・ハドロンの世界は、古典物理学から量子力学までの興味 深い現象を みることができ、自然界のいろいろな側面が凝縮されている。自然界の巨視的存在と 微視的世界をつなぐ 結節点として原子核が位置していると言ってもよい。 上にみたように、当研究室ではこのような原子核・ハドロン物 理学の理論的研究を 中心として、関連分野との境界領域を含め広い範囲での研究を進めている。



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