運動分子生物学研究室

 教授:藤井宣晴  准教授:眞鍋康子  助教:古市泰郎

 東京都立大学 人間健康科学研究科 ヘルスプロモーションサイエンス学域

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研究室のメインテーマ
(1) 骨格筋から分泌される生理活性因子(マイオカイン)の探索

運動が健康に良いことは、多くの人が経験的にも認めることだと思います。運動がもたらす健康効果は多様で、しかも全身に現れます。疫学研究によると、習慣的な運動は種々のガンの発症リスクを減らします。また、アルツハイマー病の発症を減らし(脳)、インスリン分泌能を高め(膵臓)、免役能を高め(血球系)、代謝機能を亢進(筋・脂肪・肝・心臓)させます。なぜ、このように多様な効果が全身に現れるかは、じつはほとんど分かっていません。

 

本研究室は、骨格筋から分泌される多様な生理活性因子(総称してマイオカインと呼ばれます)群が、血液循環を経て全身に作用し、健康効果をもたらしているのかもしれないと考えています。最近まで、このアイディアを科学的に検証することは、方法論的に困難でした。わたしたちはこの困難を克服し、マイオカイン探索の冒険に出発しました。

 

日本語の参考文献

眞鍋康子: マイオカインは運動模倣薬となるか?. 薬学雑誌,138: 1285-1290, 2018年.

古市泰郎: 筋収縮によるマイオカイン分泌調節証明のための課題. 日本運動生理学雑誌, 24(2):41-47, 2017年.

藤井宣晴: 連載「骨格筋ルネッサンス」 第6回. DxM(糖尿病治療を支える医療スタッフ向け情報誌), Vol.20, 2018年.


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(2) 運動が糖尿病を抑制する分子機序の解明


- 「天地創造の6日目、人が造り出された原初に、神はその末裔たちが不活動で飽食の時代を生きねばならなくなるとは思いもよりませんでした。なので神は我々に、血糖(生体のエネルギー源)を上げるためのホルモンは幾重にも授けたのに、下げるためのホルモンはインスリンただ一つしか与えませんでした。そのため、インスリン機構の崩壊は糖尿病に直結するのです。人類が糖尿病に対して脆弱な理由はここにあります。」

 

運動の恩恵効果を知らなかったら、本研究室が編集する「糖尿病学」の教科書は、きっとこんな書き出しになってしまっていたことでしょう。

 

本研究室が運動の何を知っているのかって?神は先見の明を持っていて、インスリン以外にも、血糖値を下げる機構をきちんと与えていてくれたのです。わたしたちが、それに気づかなかっただけなのです。

 

  実は筋肉を収縮させると、インスリンに匹敵する強力な血糖降下作用が生まれます。骨格筋細胞に血液中の糖が大量に取り込まれるのです。しかもその作用は、インスリンとは全く異なる細胞内情報伝達機構によって生まれます。現在は少なくとも3つの機構が備わっていることが明らかになっています。しかし、そのことを知る人はまだまだ少ないです。ほとんどの教科書にも記載がありません。本研究室はインスリン非依存的な血糖降下機構(骨格筋への糖輸送機構)の分子機序の解明を目指しています。

 

日本語の参考文献


眞鍋康子: 運動療法の科学的機序, 糖尿病専門新聞 「DITN」, 471, 2017年.

眞鍋康子, 藤井宣晴: 特集 「糖尿病研究の“いま”と治療の“これから”」. 身体不活動による骨格筋の糖代謝機能低下. 実験医学増刊, 35 (2):99-104, 2017年.

藤井宣晴: 連載「骨格筋ルネッサンス」 第1-2回. (DxM糖尿病治療を支える医療スタッフ向け情報誌),Vol.15-16, 2017年.



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(3) 運動の情報が細胞→核→遺伝子へと伝達される仕組みの探索



運動すると、血糖が下がり、脂肪が減り、筋肉は増え、血圧が下がり、爽快な気分にさえなります。いいことずくめです。これは、運動が有する何らかの情報が生体に働きかけ、細胞→核→遺伝子へと伝達された結果、生じる現象です。その伝達の仕組み(細胞内情報伝達機構)の解明に取り組んでいます。

 

例えば、筋収縮が筋肥大を引き起こす場合、収縮という「物理的情報」が何らかの方法で「化学的情報」に変換され核に伝えられないと、遺伝子発現は生じません。いったいどんな分子が情報変換装置として働いているのでしょう?。探索の旅は続いています。

 

日本語の参考文献


藤井宣晴, 古市泰郎, 眞鍋康子: 運動を筋収縮と置き換えて考える(Muscle contraction can be nearly equal to exercise), 実験医学, 2019年5月号, 1225-1229, 2019年.

藤井宣晴: 連載「骨格筋ルネッサンス」 第4,8回. (DxM糖尿病治療を支える医療スタッフ向け情報誌), Vol.17,22, 2017-2018年.

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(4) 骨格筋の高い再生能力の機序解明



町内の運動会。若い頃は運動部で鍛えていたというお父さんは、リレー競技で大激走。ところが、気持ちは若くても体は年齢に勝てなかったか、ふくらはぎが悲鳴をあげて肉離れしてしまいました。筋肉が断裂してしまったので、歩くことすらできません。

運動会でよく見られる光景と言えばそうですが、足を引きずるお父さんの姿はなんとも寂しいもの。ただ、不思議なことに、この筋肉の痛みはわずか一週間も経てば消えてしまいます。

あまり知られていませんが、骨格筋は再生能力に富んだ臓器です。肉離れしても、硬式ボールが当たって打ち身しても、また、手術でメスを入れられても、最初は痛くて動かせませんが、しばらく安静にしているだけで治ります。骨格筋は自らの力で損傷部位を修復して再生しているのです。

骨格筋の再生で、中心的な働きを担っているのは「サテライト細胞」と呼ばれる、骨格筋の幹細胞です。サテライト細胞は骨格筋細胞(筋線維)の傍らにひっそりと存在し、普段は何もせずに眠っています。しかし、いったん筋線維が傷を負うと、目を覚まして増殖を開始して、傷ついた筋線維に、あるいはサテライト細胞同士で融合して、正常な筋線維を造ります。

サテライト細胞による筋再生は、骨格筋の量を保つのにも必要です。わたしたちは、サテライト細胞の振る舞いはどのように調節されているのかを研究することで、その高い再生能力の秘密を解き明かすことを目指しています。

日本語の参考文献

古市泰郎, 藤井宣晴: 加齢に伴う骨・骨格筋量減少に及ぼす運動の影響 −そのメカニズム−, 医学のあゆみ,269(12),949-954,2019.

藤井宣晴, 眞鍋康子, 古市泰郎: スポーツと健康の科学,Newton別冊, 106-115, 2018年.

藤井宣晴: 連載「骨格筋ルネッサンス」 第4,5,7回. (DxM糖尿病治療を支える医療スタッフ向け情報誌),Vol.18,19,21, 2017-2018年.

古市泰郎,藤井宣晴: マイオカインによるサテライト細胞の制御機構.基礎老化研究, 40(1),27-33, 2016年

 

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当研究室が持つ特殊技術

 

・in situ 筋収縮システム(麻酔下のマウスやラットの下腿骨格筋を電気的に収縮させる)

・in vitro 筋収縮システム(骨格筋を摘出して酸素供給下の試験管内溶液中で収縮させる)

・骨格筋を用いたグルコーストランスポートの測定システム

・in vivoエレクトロポレーション・システム(生きたマウスの骨格筋に遺伝子導入・発現)

・培養骨格筋細胞収縮システム

・サテライト細胞からの骨格筋初代培養細胞の樹立

・ショウジョウバエを用いた骨格筋特異的ノックダウン系統の樹立

 

その他、通常の生化学、分子生物学、細胞生物学、遺伝子工学実験用の機器はそろっています。