運動分子生物学研究室

 教授:藤井宣晴  准教授:眞鍋康子  助教:古市泰郎

 首都大学東京 人間健康科学研究科 ヘルスプロモーションサイエンス学域

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研究室のメインテーマ

(1)骨格筋から分泌される生活性因子(マイオカイン)の探索


1. 運動の恩恵効果は多様で全身におよぶ


近年の疫学研究は、身体運動が驚くほど多様な医学的恩恵効果を全身の臓器にもたらすことを証明した(図1)。広く知られているのは、脂肪を燃焼させ肥満を解消し生活習慣病を防ぐ効果である。しかし実際の運動効果は脂肪減少の副次効果にとどまらず、より積極的で、直接的である。具体的な例は、種々の癌抑制、アルツハイマー症の予防、免疫機能の亢進等で、これらは脂肪の減少とは直接関係のない機序で生じると考えられている。



 

2. 運動の恩恵効果は多様で全身におよぶ


本研究室では、収縮をトリガーに骨格筋から分泌された種々の生理活性因子が、血流を介して全身に運ばれ多様な生理作用を発揮する、というアイディアを持っている(図2)。骨格筋から分泌される生理活性因子群は総称してマイオカイン(myo;筋、kine作動物質)と呼ばれ、最近になって多様な報告が行われるようになった(1)。しかし現状では、マイオカインが確かに骨格筋から分泌されていることを明確に証明することは方法論的に困難で、ほとんどの論文報告は現象論を述べているにすぎない(1)。もしマイオカインの存在が科学的に明確に証明できれば、骨格筋は健康を全身に届ける源の臓器という、新たな概念を提唱できる可能性がある。

3. マイオカイン研究のブレークスルー


これを証明するには、複数の障壁を乗り越えなければいけない。例えば、血液の混入を完全に排除した、純粋に骨格筋細胞のみで構成される、生体外での収縮実験モデルが必須となる。しかし、骨格筋は細胞にバラしてしまうと培養液中で再構築しても上手く成熟(分化)せず、収縮させることが不可能とされてきた。さらに、分化誘導には血液成分(血清)が必須というのが常識であった。本研究室はこの問題を克服し、無血清で培養した骨格筋細胞の電気刺激収縮実験モデルの構築に成功した(2)。すなわち、無血清でありながらも収縮能力を持つレベルまで筋細胞を分化させる培養条件の発見、およびサテライト細胞から得た骨格筋初代培養細胞の応用を可能にした。さらに独自設計の電気パルス発生装置として、電流(電圧ではなく)を細胞培養プレートのレーン毎に個別にコントロールできる回路を有し、電気パルスの密度・持続時間・間隔・周期をbiphasicで自由にコントロールでき、細胞に対する毒性が無く化学物質等の吸着の少ない電極を構築した。これにより分泌蛋白発見のための戦略を取ることが初めて可能となった。現在、@筋細胞の収縮によって溶液中に分泌される蛋白分子を質量分析によって同定、およびADNAマイクロアレイおよび次世代シーケンサーによって得られた結果をバイオインフォマティクス解析(コンピュータ構造予測により分泌蛋白を選出)、という2つのアプローチで分泌蛋白の探索を進めている。現時点で、予想を大きく超えた数のマイオカインが同定されている。

これらで得られたマイオカイン候補分子は、ショウジョウバエを用いた機能スクリーニングに供している(図3)。ショウジョウバエは遺伝子変異体ライブラリのデータ蓄積が豊富で、かつ寿命が短いために、変異個体の寿命と行動の観察から遺伝子産物の機能が容易に推定できる。さらに遺伝子組み換えマスに比較すると、作製にかかる費用が百から千分の一で済むため、多数の分子の機能をスクリーニングするのに適している。遺伝子工学的手法を用い、ショウジョウバエの骨格筋特異的に標的となるマイオカインをノックダウンし、寿命・活動量・概日リズム・運動能力等に変化が生じた分子を選出している。選ばれたマイオカインは、最終的には遺伝子組み換えマウスを作製することによりその表現型を解析する。

これらの成果は、運動が投薬治療を遥かに凌駕する「多様」で「全身性」の効果を生む理由を、説明する可能性がある。例えば、骨格筋から分泌されるIL-6が膵臓のβ細胞に作用してインスリン分泌能を高める可能性が示唆されているが(3)、我々は実際に継続的な走運動がβ細胞のインスリン分泌能を高めることを動物実験で確かめている(4)。筋収縮によって分泌される蛋白を発見し、その生理機能および分泌機構を解明することで、骨格筋の未知の生命機能の役割と、運動が有する新たな生物学的意義を、顕在化させる試みである。これら本研究室の挑戦に、内閣府から大型研究予算「最先端・次世代研究開発支援プログラム」が与えられている(5)

 

文献

1.     Manabe Y, Miyataka S, Takagi M. Myokines: Do they really exist?. J.Phys.Fit.Sport.Med., 1(1) 51-8, 2012

2.     Manabe Y, Miyatake S, Takagi M, Nakamura M, Okeda A, Nakano T, Hirshman MF, Goodyear LJ, Fujii NL.  Characterization of an acute muscle contraction model using cultured C2C12 myotubes.  PLoS One. 7(12): e52592. 2012

3.    Allen TL, Whitham M, Febbraio MA. IL-6 muscles in on the gut and pancreas to enhance insulin secretion. Cell Metab. 15(1):8-9. 2012

4.     Tsuchiya M, Manabe Y, Yamada K, Furuichi Y, Hosaka M, Fujii NL. Chronic exercise enhances insulin secretion ability of pancreatic islets without change in insulin content in non-diabetic rats. Biochem Biophys Res Commun. 430(2):676-82. 2013

5.     http://www8.cao.go.jp/cstp/sentan/jisedai_kettei.html