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知覚・認知の視点から運動をひも解く 樋口貴広(知覚運動制御研究室)

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#630 パーキンソン病患者にみられる運動伝染:不安定な姿勢観察の影響(Pelosin et al. 2018)


観察した表情やジェスチャー,姿勢などを無意識のうちに模倣してしまう現象を,しばしばカメレオン効果と呼びます。カメレオン効果の類似現象として,他者の行為を観察することによって,無意識のうちにその行為の影響を受けてしまう現象を,運動伝染(motor contagion)と呼びます。

今回ご紹介する論文では,パーキンソン病患者が健常高齢者に比べて,運動伝染の影響が大きかったことが報告されています。

Pelosin E et al. Postural Stabilization Strategies to Motor Contagion Induced by Action Observation Are Impaired in Parkinson's Disease. Front Neurol 9 105, 2018, DOI: 10.3389/fneur.2018.00105

参加対象者は14名のパーキンソン病患者と17名の健常高齢者でした。開眼両脚立位姿勢において, 36秒間できるだけ揺れずに立つことが求められました。目の前には大型スクリーンがあり,スクリーンをよく見ていることもあわせて求められました。

試行開始から12秒経過後,スクリーンにはロープの上でバランスをとる人のスティックピクチャの映像が12秒間流れました。それ以外の時間は,スクリーンには静止映像(大きなクロスマーク)が呈示されていました。2つの映像呈示場面における姿勢動揺量が測定されました。

実験の結果,パーキンソン病患者は静止映像観察時に比べて,スティックピクチャ観察時の姿勢動揺量が大きいことがわかりました。この結果は,パーキンソン病患者において運動伝染が起きたことを示しています。こうした傾向は,健常高齢者には見られませんでした。また相関分析の結果,静止映像観察中の姿勢動揺量が大きい人ほど,スティックピクチャ観察時の姿勢動揺量が大きいことがわかりました。つまり,通常状態の姿勢動揺量が大きい人ほど,運動伝染の影響が大きいことが示唆されました。

運動伝染が起きたという事は,パーキンソン病患者においても潜在的な運動模倣のメカニズムは保持されていることを意味します。そのうえで,著者らは運動伝染の影響が大きかったことについて2つの可能性を示しました。

第1の可能性は,運動伝染を抑制する機能が低下しているという可能性です。Pelosin氏らは先行知見に基づき,側頭頭頂接合部(TPJ: temporoparietal junction)が関与しているのではないかと解釈しました。Pelosin氏らは,どちらかと言えばこの第1の可能性が高いのではないかと考えています。第2の可能性は,映像を見ながら姿勢を保つという事が,デュアルタスク状況を作り,姿勢保持に影響を与えたという可能性です。先行知見では,パーキンソン病患者がデュアルタスク状況下で姿勢制御をないがしろにする可能性(posture second strategy)が示唆されています。こうした知見のもと,認知的負荷(Cognitive load)の影響も否定できないと,Pelosin氏らは説明しました。

どちらの可能性が正しかったとしても,パーキンソン病患者においては視覚的な外乱が姿勢動揺に及ぼす影響が大きいことを示しており,転倒危険性の高さにもつながると,Pelosin氏らは主張しています。


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