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知覚・認知の視点から運動をひも解く 樋口貴広(知覚運動制御研究室)

セラピスト向け情報発信ページ

#627 質量の視覚表象:背側経路の関与 (Fairchild et al. 2020)


今回ご報告するのは,質量のように環境に依存せず不変更な特性を視覚的に表象するのは,視覚情報を処理する大脳皮質経路のうち,背側経路が関与することを報告したものです(2つの先行知見の総説形式)。

Fairchild G. Physical inference: how the brain represents mass. eLife, 8: e44619

視覚野に到達した視覚情報は,腹側経路と背側経路に伝達され,処理が進んでいきます。典型的には,腹側経路が物体の認識にかかわる情報の処理に関わり,背側経路がその物体に対する行為に必要な情報の処理に関わります。Fairchild氏らは,ある物体を見たときに,その物体に対して感じる物理的な特性がどちらの経路で表象されるのかを検討しました。

参加者は,物体の質量が大きいか小さいか(重たいか軽いか)を連想させる映像を観察しました(物体が水に落下した際の水しぶきの大きさや,クッションに落ちた際のへこみ具合から推察できる)。Fairchild氏らは,その際の脳活動をfMRIで測定しました。さらに機械学習の原理を使って,腹側経路/背側経路のどちらの脳活動に基づけば,観察している物体の重量感を予測できるかを検討しました。その結果,背側経路の脳活動によって,質量の大きい物体と小さい物体のどちらを観察しているかが予測できたとのことです。

なお,この結果は,参加者に物体の質量(重たさ)ではなく,色に着目させたとしても変わりませんでした。さらに,物体の表面の材質を様々に変えたとしても,質量の大きい物体・小さい物体のどちらを見ているかは,背側経路の活動により予測できたということです。

この報告から様々な示唆が得られます。

第1に,質量のような物体の属性を推論する際,その表象は背側経路が担っていました。教科書的にいえば,物体認知にかかわるのは腹側経路ということになりますが,この研究以外にも背側経路が物体認知に関する視覚情報処理に関わるという報告がいくつかあります。

第2に,背側経路の働きは,対象者が質量(重たさ)に注意を向けていない状況でも,質量の弁別に関与していました。Fairchild氏らは,質量のような情報は,意図にかかわらず,物体に関する重要な情報として常にモニターしているのではないかと解説しています。

第3に,物体の材質といった視覚的特性が変わっても,背側経路は重さを表象できました。つまり背側経路は,質量という不変更な特性を表彰できていることになります。このように物体の不変項を表彰できることが,迅速に行為をガイドする基盤になっているのではないかと,Fairchild氏らは述べています。


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