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知覚・認知の視点から運動をひも解く 樋口貴広(知覚運動制御研究室)

セラピスト向け情報発信ページ

#626 視線行動の多様性を考える(Dicks et al. 2017)


今回は,スポーツ選手の視線行動を研究する立場から,“理想的な視線パターン”を追い求める考え方に疑問を投げかける総説論文です。

Dicks et al. Keeping an eye on noisy movements: on different approaches to perceptual-motor skill research and training Sports Med 47, 575-581, 2017

スポーツ選手の視線行動として,様々な競技で一定の共通した傾向が報告されています。大事な局面において,視線を固定する傾向です(視線移動回数が少なく,かつ1回の視線停留時間が長い)。しばしばQuiet Eyeとも呼ばれ,情報処理レベルでの意義についても議論されてきました。

Dick氏らの論文は,こうした現象の存在そのものを否定しているわけではありません。彼らが疑問を呈しているのは,「多くの研究者は,動きが多様性であることの意義を認めているにもかかわらず,動きと連動する眼の動きについては,理想的・画一的な視線パターンを追い求める」という発想です。

私たちの身体には自由度があります。このため,リーチングにせよボール投げにせよ,目的を達成するために採用できる運動軌道は無数にあります。運動学習においても,ある一つの動きを繰り返し練習するスタイルよりも,多様なパターンを組み合わせて練習するスタイルの方が,学習が促進されるといわれています。これらの知見は,動きのばらつきは,ある目的の達成に有益であることを物語っています。

これに対して,確かにDicks氏らが指摘するように,視線行動については,熟練者と初心者のデータを比較し,熟練者に特徴的な視線パターンを1つ提案するスタイルの研究がほとんどです。

Dicks氏らは,目的の達成へと導く視線行動にも多様性がある根拠として,2つの知見を紹介しています。1つ眼の知見は,単回のリーチングと比べて,たくさんの物体にリーチする課題では,その視線パターンは個人で大きく異なるという知見です。2つ目の知見は,サッカーのゴールキーパーがフリーキックを止める場面において,少なくとも前半は視線パターンが多様であるという知見です。2つ目の知見については,私自身が隙間通過行動における視線行動を測定した際にも,同じ現象がみられました

この論文では,具体的に視線行動の多様性をどのように数値化するかという点には言及していません。おそらくは今後,多様な動きとの連動性・共変性などを数値化することで,視線の多様性の意義を主張する研究が増えるのではないかと,私自身は予想しています。


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