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知覚・認知の視点から運動をひも解く 樋口貴広(知覚運動制御研究室)

セラピスト向け情報発信ページ

#623 トレッドミル歩行では移動速度が過小評価される(Caramenti et al. 2019)


トレッドミルは室内でも身体活動量を高められる有益なツールであり,リハビリテーションにおいては歩行周期を再学習する機会を提供できるツールです。最近では,バーチャルリアリティ(VR)などの視覚映像を組み合わせることで,運動学習の効果がより高まるのではないかという期待があります。最近関連論文を紹介しましたので,関心ある方は合わせてご覧ください。
<リンク>
http://www.comp.tmu.ac.jp/locomotion-lab/higuchi/therapist/info606_Mirelman2016.html

今回ご紹介するのは,トレッドミルと合わせて提示される視覚映像が,一貫して過小評価される現象(本当はトレッドミル歩行・走行と同速度で動いている映像に対して,歩行・走行速度よりも遅いと感じる現象)に関連した報告です。この過小評価傾向が,日頃の運動経験によって変わるのかを検討しています。

Caramenti M et al. Regular physical activity modulates perceived visual speed when running in treadmill-mediated virtual environments. PLoS One 14, e0219017, 2019

対象者は日常の運動量が少ない若齢成人,チームスポーツに所属する選手と,トップレベルのランナーでした。実験では2種類の速度条件の下(時速8, 12km),トレッドミル走行をしながら,提示された映像が走行速度よりも早いか遅いかを選択してもらう課題を行いました。選択結果に基づき,映像速度に対する過小評価傾向を割り出し,3群の対象者間で比較しました。

その結果,運動量が少ない若齢成人では,2つの速度条件において映像速度に対する過小評価傾向がみられました。これに対してチームスポーツに所属する選手では早い条件でのみ過小評価傾向がみられ,ランナーでは過小評価傾向がみられませんでした。この結果から,日頃の運動経験が映像速度(視覚)とトレッドミル走行時の他の情報(筋運動感覚,前庭感覚など)との整合性に影響を与えることを示唆します。

Caramenti氏らは,映像に対する過小評価傾向が起こるのは,移動行動(self-motion)に対して視覚と筋運動感覚を正確にマッチングさせるのが,他の行動と比べて難しいからではないかと主張しました。先行研究では,閉眼で歩いた距離(距離を筋運動感覚と前庭で感じる)を,開眼で再現せよ(視覚が利用できる)といわれても,必ずしも正確に再現できないことがわかっています。こうした不一致は,ランナーのように長期の走行経験がないと修正できないのだろうと解釈しました。

またCaramenti氏らは,当初この過小評価傾向は,先行研究で広く指摘されている心理的な努力・負担感(perceived effort)が関与しているのではないかと考えました。例えば重たいリュックサックを背負って傾斜を見ると,背負わないときよりも傾斜が急に感じるという現象があります。つまり,リュックを背負って傾斜を登るのは“しんどい”と感じれば,その傾斜自体を急だと報告するのです。走行速度が速くなれば,それだけ“しんどい”状態となるため,“これだけしんどいという事は,もっと速い映像がマッチするはず”と評価するのではないかと考えたわけです。

しかしながら,心理的な努力・負担感の測定として心拍活動を測定してみましたが,心拍の大きさ(大きいほど負担感が大きい)と過小評価傾向には関連性は見られませんでした。

むしろ,映像に対する過小評価傾向と関連がみられたのは,METsで評価される日常的な活動量でした。つまりどのようなアクテイビティであれ(歩行も含めて),日常的によく活動している人は映像の過小評価傾向が少ないという結果が得られました。なぜMETs七日については,深くは触れられていないように思います。

もちろん,トレッドミル歩行自体が通常のランニングと比べて難しいことが,実際よりも速く走っている感覚を生じさせている,という事もあるのでしょう。いずれにせよ,トレッドミル歩行にて視覚映像を提示する場合に,単にトレッドミルの速度に合わせて映像を流したのでは,利用者には感覚のミスマッチが起きるのかもしれません。


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