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知覚・認知の視点から運動をひも解く 樋口貴広(知覚運動制御研究室)

セラピスト向け情報発信ページ

#620 制約条件の導入により運動の多様性を引き出したスポーツ事例(Gray 2018)

今回ご紹介するのは,ワールドカップで盛り上がったラグビー選手における1対1の攻防に関する研究です。フェイント動作に関する研究を3つ,ダイジェスト版として紹介します。オフェンス関連の論文1編と,ディフェンス関連の論文2本です。

【論文1:フェイント動作の素晴らしさ】

Brault S et al. Balancing deceit and disguise: how to successfully fool the defender in a 1 vs. 1 situation in rugby. Hum Mov Sci 29, 412-425, 2010

1対1の場面において,フェイントをかけた場合,かけない場合の動作を,3次元動作解析で比較した研究です。実験の結果,フェイントをかけた場合,フェイントをかけない場合と比べて,頭部・肩や下肢のステップを過度に大きく動かすことがわかりました。一方,実際に身体がどちらに動くかに大きく影響する重心の動きは,フェイントをかけない場合とほとんど変わりありませんでした。

この結果から,ラグビー選手は,頭部・肩と下肢をオーバーに動かすことで注意をそちらに引き寄せ,あたかも逆方向に動くような印象を与える動きをしているのだと考えられます。そうしたオーバーな動きをしているにもかかわらず,本来向かうべき方向への身体全体(重心)の動きは崩れていないため,素早く目的の方向へターンができると考えられます。

【論文2:ディフェンス時の素晴らしさ】

Brault S et al. Detecting deception in movement: the case of the side-step in rugby. PLoS One 7, e37494, 2012

ディフェンスの選手は,先ほど示したオフェンス選手のフェイント動作の特徴をわかっており,重心の動きに対応して動いていることを実証しました。この研究では初心者VS熟練者の比較として,ディフェンス時の判断の正確性が検討されました。その結果,両者に有意な差がみられるのはオフェンス選手がフェイントをかけた場合のみでした。初心者は,頭部・肩と下肢につられてしまうため,コースの判断を誤ることや,拙速な判断をしてしまう傾向がみられました。これに対して熟練者は,重心の情報に応じて反応するため,ぎりぎりまでコース予測の判断を遅らせ,結果としてフェイントに引っかからずに対応できることがわかりました。

【論文3:重心位置をわかりやすく提示した効果】

Lynch SD, et al. Detection of deceptive motions in rugby from visual motion cues. PLoS One 14, e0220878, 2019

バーチャルリアリティを使ったからこそ実現できた,ユニークな研究です。もし本当に重心の情報が重要ならば,重心位置をハイライトするような刺激を提示すれば,初心者であっても正確な判断ができるかもしれません。この研究ではそうした点を検証しました。

実験の結果,重心位置を単純視覚刺激として追加提示しても,初心者の反応が正確になるわけではありませんでした。よって,初心者に対して「相手選手の重心を感じなさい」といった指導をしたり,重心位置を可視化するデバイスをバーチャルリアリティなどで提供したりしたとしても,初心者の予測能力がすぐに向上するわけではないのだろうと考えられます。

また熟練者についても,重心位置のハイライト表示で成績が向上することはありませんでした。重心位置だけを単純視覚刺激(円)で提示する条件では,初心者と同じレベルまで成績が低下してしまいました。この結果から,相手選手の重心位置は,あくまで全身の動きから潜在的に知覚しているものと考えられます。


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