本文へスキップ

知覚・認知の視点から運動をひも解く 樋口貴広(知覚運動制御研究室)

セラピスト向け情報発信ページ

#619 制約条件の導入により運動の多様性を引き出したスポーツ事例(Gray 2018)

運動を最適な条件へと導く為には,課題設定もしくは環境設定を工夫することで,運動の多様性を引き出すべきだという考え方があります(Constrained-induced もしくはConstrained-led approach)。多様な運動パターンを創発させることができれば,その中で個人にとって最適なパターンを見つける機会を提供できるからだというのが,概念の根底にあります。

今回ご紹介するのは,課題に対する制約条件を導入した練習によって,野球のバッティングの成績が向上したことを報告した論文です。

Gray R 2018 Comparing cueing and constraints interventions for increasing launch angle in baseball batting. Sport, Exercise, and Performance Psychology 7, 318-322, 2018

42名の対象者(右利きの野球選手)が,バーチャルリアリティ(VR)上で再現された取り組んだバッティング課題に取り組みました。バッティング課題での目標は2つありました。1つ目はアッパースウィングでボールに角度をつけて打ち上げることであり(increasing launch angle),2つ目はバットのスウィング速度を上げることでした。

1つ目の目標は,近年話題の「フライボール革命」を意識しています。かつてはダウンスウィングでボールを地面に打付ける打法がセオリーでした。こうすることで,振出からインパクトまでの時間を短くできることや,イレギュラーバウンドでエラーを引き出せるといった利点があったからと考えられます。しかし最近ビックデータの解析から,インパクト時の打出し角度が高い方が出塁につながりやすいという指摘があり,話題になりました。昔よりも打者に応じて極端な守備シフトが置かれるようになったことで,ゴロを打っても野手の間を抜けにくくなり,対策としてフライボールのニーズが高まったという背景もあるようです。

対象者は3群に分かれて,練習トライアルを6週間行いました。メインの条件である制約条件群では,VR野球場に“壁”が映し出され,「ボールが壁を超えるように打ってください」という教示が与えられました。ボールが壁を超えるごとに,壁の位置が遠くなりました。この条件のポイントは,打ち方(動き)に対する具体的な指示を与えないという事です。壁を超えるという制約の中で,最適な動きは対象者が探索的に見出すことになります。

比較対象となった1つの群では,「腕を下から上に動かしてください(Move your arms at an upward angle)」など,動きに対する細かい指示が与えられました(Internal Focus群)。もう一つの群では,「ボールの下半分をコンタクトしてください(contact the bottom half of the ball)」など,ボールとバットの関係性に関する指示が与えられました(External focus群)。

実験の結果,制約条件群とExternal focus群において,打出し角度や速度の上昇,ならびにVR上でのフライボール数・ホームラン数の増大が認められました。また練習中の打ち出し角度のばらつきに着目したところ,制約条件群のばらつきが大きい傾向にあることもわかりました。

これらの結果からGray氏は,制約条件群では練習時の運動の多様性を引き出すことにより,効果的な学習へと導いたのではないかと結論付けました。


目次一覧はこちら